【日本人の発想】アメリカ人が授業でならった妖怪・付喪神

 

今月の始まり、10月1日は「めがね供養の日」だった。

使い終わったメガネをポイっと捨てるのは気が引けるから、役割を終えたメガネさんに感謝と弔いの気持ちを込めて供養する人もいる。
それで毎年10月1日のあたりには、こんな感じにメガネ供養のイベントが開かれるのだ。

 

 

そして10月5日は「折り紙供養の日」とモノ供養の日がつづく。
日本人はメガネや折り紙のような物にも魂や精霊が宿ると考え、お別れをするときには感謝の気持ちを伝える儀式をすることがある。

こんなモノ供養は海外にもあるのだろうか?
以前、知人のアメリカ人に聞いてみると、「あるワケねーだろ。なんであると思った?」と一蹴されたでござる。
ただアメリカには変わった人も多いから、中にはそういう考え方を持つ人もいるかもしれない。けど、それはどこの社会にもいる例外だ。
多くの人が使い終わった物を持ち寄って、それに手を合わせて感謝の気持ちを伝えたり、僧侶がお経を唱えて聞かせる儀式なんて聞いたことがないと言う。
ですよねー。
こんなの日本人ぐらいですよねー。

そう話した後、「でもそれは付喪神だろ?」と彼が聞いてくる。
日本では道具などを長い間使っていると、いつしかそれに霊魂が宿って付喪神(つくもがみ)という神・妖怪・化物になるという信仰がある。

 

足利直義の家に現れたという付喪神

 

彼がアメリカの大学で日本文化について学んでいるとき、教授が日本のユニークな思想として付喪神を例に出して説明した。
もちろんただの妖怪紹介じゃなくて、いろいろな物に魂が宿ると考えて擬人化することは、日本人の発想や考え方の特徴だという。
たしかに風の神とか水の神とかならいろんな宗教にいそうだけど、物が神になるという発想は初耳。
だからその話が面白くて、この妖怪が彼の印象に強く残った。

調べてみたら、付喪神はとっくの昔に海外デビューを果していて、いまでは英語版ウィキペディアに項目が作られるほどの有名妖怪になっていた。

In collections such as the late Heian period Konjaku Monogatarishū, there are tales of objects having spirits, and in the emakimono Bakemono Zōshi, there are tales of a chōshi (a saké serving-pot), a scarecrow, and other inanimate objects turning into monsters

Tsukumogami 

 

平安時代の『今昔物語集』などには物に魂が宿るという話があって、絵巻物の『化物草紙』では酒を注ぐ銚子(ちょうし)や案山子(かかし)などが化物(monsters)になったという話がある。

こうして誕生するモンスターは世界的に珍しいだろうから、知人のアメリカ人だけじゃなくて、こういう話はきっと外国人の受けがいい。
日本には長年愛用していた物をポイっと捨てると、それが付喪神になって人間を襲って復讐するという話がある。
役割を終えたモノたちに感謝の気持ちを込めて供養することには、「付喪神封じ」の意味もあるはずだ。

 

 

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今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。 また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。