本質を見ぬく平和主義者①韓国の文大統領と北朝鮮のほほえみ

 

去年、北朝鮮がくり返しミサイルを発射したことで、多くの日本人が不安を感じていた。

そんなとき、毎日新聞はこんな小学生の声をのせていた(2017年9月3日)。

もし、わたしたちが住んでいる日本に落ちてきたらたくさんの人が大きなけがをしてしまったり、もしかしたら死んでしまったりします。大勢の人たちが悲しい気持ちになってしまいます。絶対にそういうことはやめてほしいと思います。

北朝鮮と話し合い仲良く

 

「北朝鮮と話し合い仲良く」することで核・ミサイル問題を解決する。
小学生らしい素直な気持ちで、本当にそうなったらいいとおじさんも思う。
むしろ「あんなならず者国家には、武力制裁を加えるしかない」と言う小学生がいたらコワい。

北朝鮮の核・ミサイル問題の解決策として、小学生なら「北朝鮮と話し合いで仲良く」でいいけど、大人もこれとまったく同じ考え方をしていたらこまる。

北朝鮮は、国連をはじめ国際社会の声を何度も無視してきた国だから。

 

 

話し合いで相手と仲良くなることで、問題は解決できるのか?

当然、できる相手とできない相手がある。

中央日報の記事(2018年02月23日)は「相手の本質」を見ぬくことが大事だと指摘している。

チャーチルはヒトラーの本質を見落とさなかったが、文大統領は…

 

経済制裁に苦しむ北朝鮮はいま、平昌五輪を最大限に”有効活用”して韓国との友好を世界にアピールしている。
北朝鮮としては南北の融和を世界に伝えることで、国際社会からの圧力を何とかしておさえたい。

それで北朝鮮は、大応援団や金与正(キム・ヨジョン)氏を韓国に派遣した。
金与正氏は北朝鮮の最高指導者・金正恩(キム・ジョンウン)氏の妹で、北朝鮮でとても強い影響力を持っている。

 

北朝鮮の友好アピールははたして本物か?

このことについて中央日報の記事は、「核を保有した誠実な隣国に見せようと」や「微笑み攻勢をかけた」と北朝鮮を疑っている。
「あの笑顔は見せかけだ。注意しろ」ということだろう。

去年はミサイル発射で韓国に脅威をあたえ、今はほほえみで安心感をあたえようとしている。
でも、こんな北朝鮮の態度に韓国の文大統領はとてもうれしそう。

文在寅(ムン・ジェイン)政権は、金与正氏ら北朝鮮代表団を歓待した。北朝鮮の立場に合わせて核には言及せずにだ。

 

中央日報はそんな文大統領に不安を感じている。

それで、「北朝鮮応援団と金与正氏が見せた微笑み、金英哲副委員長が持ってくるメッセージに目と耳を奪われてはいけない」と警告する。

記事では北朝鮮の「本質」を見ぬくよう、文大統領に求めている。

それで、ヒトラーの本質を見ぬいたイギリスのチャーチルを例に持ち出す。
チャーチルはイギリスでもっとも尊敬される政治家で、世界からも高い評価を受けている。
それは、彼が見せかけの平和にはだまされず、世界を救ったから。

中央日報の記事にはこう書いてある。

チャーチルは「本質を正しく見た」という点だ。今日の自由民主主義世界はチャーチルがヒトラーの実体を直視したおかげだといっても過言でない。

 

記事では、韓国の平和のために、文大統領は北朝鮮の本質を正しく見てほしいと訴えている。
チャーチルのように。

 

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チャーチル(ウィキペディアから)

 

チャーチルについては高校の世界史でこう習う。

イギリス保守党の首相(在位1940~45、51~55)

早くからナチスの強大化を警戒し、宥和政策を批判していた。1940年5月、チェンバレンにかわって首相に就任、ローズヴェルト・スターリンとともに連合国の指導者として活躍した。

「(世界史用語集 (山川出版)」

 

「早くからナチスの強大化を警戒し、宥和政策を批判していた」という部分が中央日報の「本質を正しく見た」にあたる。

宥和(ゆうわ)政策とは「妥協点を探り、協議と譲歩によって衝突をさけようとする政策(世界史用語集)」のことをいう。

先ほどの小学生の言葉を借りれば、「話し合いで相手と仲良くなることで問題を解決する」という考え方だ。

チャーチルの前に首相をしていたチェンバレンは、ヒトラーに対してこの融和政策をとっていた。
ナチス=ドイツとの戦争を避けて、平和的な話し合いで解決しようと努力した。

 

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ネヴィル=チェンバレン(ウィキペディアから)

ネヴィル=チェンバレン

イギリス保守党の首相(在位1869~40)。ドイツ・イタリアに対して宥和(ゆうわ)政策で対応した。ミュンヘン会談で、戦争回避のためにヒトラーの要求を認めたが、第二次世界大戦を防げなかった。戦争指導に対し、党内からも不信の声があがり。1940年5月に首相を辞任した

「世界史用語集 (山川出版)」

 

ミュンヘン会談で「戦争回避のためにヒトラーの要求を認めた」あと、チェンバレンは平和を確信して「平和宣言」をおこなう。

イギリスに帰国後、『われらの平和』を高らかに宣言する。

「あらすじで読む英国の歴史 ( ジェームズ・M・バーダマン)」

 

で、世界は平和になったのか?
その結果をみれば、中央日報が文大統領に「チャーチルになれ」と書いた理由がわかる。

続きは次回に。

 

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今まで、東南アジア、中東、西アフリカなど27の国・地域に旅をしてきました。以前、中学生に歴史を教えていた経験もあります。 また、日本にいる外国人の友人も多いので、彼らの目から見た日本も知っています。 そうした経験をいかして、日本や世界の歴史・文化・宗教などをテーマに、「読んでタメになる」ブログを目指しています。