国旗国歌の尊重は世界の常識:最高裁、不起立教員にノー!

 

覚えていますか?
目と目が合ったときを。

じゃなくて、2016年のリオ・オリンピック閉会式で、日本が東京大会プレゼンテーションを行ったことを。

「安倍マリオ」が登場したやつですよ。

 

このプレゼンテーションでは、武士・忍者・和服といった外国人がイメージする日本的なものがまったく使われていなかった。
日本人らしい規律や調和を身体の動きで表現している。

日本という国よりも、日本人をアピールしたところに特徴がある。

その動画をここに埋め込むことができないから、下をクリックして1分30秒のところを見てほしい。

【NHKリオ】2020へ期待高まる!トーキョーショー

 

動画のキャプチャー

 

日本の国歌が流れるとき、スタジアムの観客が立ち上がっているのが分かる。
それがあたり前で、国歌というものは座ったまま聴くものではない。
国歌や国旗に敬意を示すことは世界の常識。

2020年にオリンピックを開く日本にとっては、特に大事なことだ。

でも残念ながら、世界の人たちと価値観を共有できない人もいるらしい。

 

 

先月7月に、公教育での国歌斉唱について、最高裁判所が判決をくだした。

入学式や卒業式などでは、教員は起立して君が代を斉唱することになっている。
そうなっているのだけど、その職務命令を守らない教員が東京にいた。
その教員は定年後の再雇用を希望したのだけど、東京都教育委員会はこれを拒否。

「国歌に起立斉唱しなかったことで、再雇用されないのはおかしい!」と怒った教員が裁判に訴えたのだけど、今度は最高裁判所がこれを拒否。

最高裁が教育委員会の判断を合法と認めたことで、不起立教員の敗訴が確定した。

 

これについて産経新聞は社説で「当然の判決である」、読売新聞も社説で「穏当な司法判断である」と評価する。
それぞれの社説をもう少し見てみよう。

産経新聞の社説(2018.7.23)

国旗、国歌に敬意を払わない者が教師としてふさわしいか、考えるまでもない。その地位を与え続けるべきでもない。

「不起立教員」敗訴 国旗国歌の尊重は当然だ

 

読売新聞の社説(2018年7月30日)

入学式や卒業式は、新入生や卒業生にとって一度しかない大切な儀式だ。厳粛な式典で、教員らが調和を乱すような態度を取ることには到底、理解は得られまい。

君が代判決 最高裁は起立斉唱を尊重した

ここでいう「調和を乱すような態度」には、広島県で高校の校長が自殺に追い込まれた事件をふくんでいるはず。
くわしいことはこの記事をどうぞ。

国際人の反対にいる人。卒業式での国旗と国歌の混乱はいらない。

 

ボクも両紙の意見に賛成だ。
国旗や国歌に敬意を払わなかったり、学校現場に混乱を招いたりする人間は教員にふさわしくない。

オリンピックやサッカーワールドカップを見ると本当にそう思う。

 

 

3年ぐらい前に、インドネシア人のイスラーム教徒と京都を旅行した。

このとき「イスラーム教徒はお寺や神社で、どんな行動をするのだろう?」という興味を持っていた。
それでひそかに観察していたところ、彼は清水寺で、仏像に手を合わせて頭を下げている。

以前、韓国人のキリスト教徒が「私は仏像にお祈りはできません」と言っていたから、彼の行動には驚かされた。

彼は真面目なイスラーム教徒で酒と豚肉は絶対に口にしないし、毎週日曜日にはイスラーム教の勉強会に参加していた。
そんな厳格なイスラーム教徒が仏像に祈るとは!

 

「そんなことをしていいの?」と聞くと、彼はこう言う。

「大丈夫です。手を合わせても、祈ったことにはなりませんから。日本の文化を尊重して、形をまねただけです」

彼は手を合わせて頭を下げたけれど、心の中では何も考えていない。
自分はいま日本にいるから、日本人の伝統的な考え方や文化に敬意をしめしただけのこと。
イスラーム教の勉強会で確認したところ、この行為は礼拝にはならないから問題ないという。

*もちろんこれには個人差があって、別のイスラーム教徒は仏像に手を合わせることを拒否していた。

 

入学式や卒業式で「思想・良心の自由」を理由に、国旗や国歌に敬意をしめすことを拒否する教員がいる。
彼らも、このイスラーム教徒と同じことができないのだろうか?

東京都教育委員会は、教員が起立して国歌斉唱することを学校長の職務命令としている。
この職務命令については、2011年に最高裁も「思想、良心を直ちに制約するものではない」と合憲の判断をくだしている。

個人的な信条を理由に、最高裁が認めた職務命令すら守らない教員なんていらない。

納得できなくても、友人のイスラーム教徒のように形だけマネすればいい。
国旗や国歌に対して「軍国主義の象徴」と心の中で思うのは自由だし、口パクだけで実際には歌わなくてもいいと思う。
本当はいけないことだけど、外から見て分からなかったら、たぶん問題にはならない。

 

 

いまの小中高校の学習指導要領には、入学式や卒業式で「国旗を掲揚し、国歌を斉唱するよう指導するものとする」と書いてある。

国旗や国歌を尊重することは国際社会では当然のこと。
世界の人たちが常識として行っていることを、「強制」と言う方がおかしい。

「調和を乱すような態度」を認めることは、多様な価値観の尊重とは言わない。

東京五輪・パラリンピックはもう2年後に迫っている。
日本の大人や子どもが、日本をふくめ全ての国旗や国歌に敬意をしめさなかったら、五輪ホスト国としては失格だ。
学校の先生には、世界のあたり前を日本のあたり前にしてほしい。

 

国歌が流れると分かると、観客は自然に立ち上がる。
オリンピックはまさに世界の教科書。

 

平日でも国旗を掲揚している。
アメリカのニューヨークで。

 

こちらもどうぞ。

羽生・ボルト選手に見る”国際人”とは?国旗や国歌への敬意。

日本人と外国人から見た大阪人とは?「彼らは外国人/国際人だ」

「地球市民(地球人)になる」って、日本人をやめること?

頑張って書いた割には不人気だった 「世界の中の日本」の目次

 

コメントを残す

ABOUTこの記事をかいた人

今まで、東南アジア、中東、西アフリカなど27の国・地域に旅をしてきました。以前、中学生に歴史を教えていた経験もあります。 また、日本にいる外国人の友人も多いので、彼らの目から見た日本も知っています。 そうした経験をいかして、日本や世界の歴史・文化・宗教などをテーマに、「読んでタメになる」ブログを目指しています。