明治と令和 日本とイギリスで“逆転”した動物愛護精神

 

17世紀に徳川綱吉が「生類憐れみの令」を発令すると、日本では犬や猫、鳥などの動物が尊重されるようになり、人間の立場は低下した。
鉄砲で鳥を撃ったら斬罪され、さらし首にされた人もいたほどに。

先月、綱吉の時代だったら、打ち首獄門まったなしの事件が新宿で発生した。
50歳のタクシー運転手が時速60キロで鳩の群れに突っ込み、1羽をひき殺した罪で警察に逮捕される。
(正確には鳥獣保護法違反の疑いで)
男は取り調べに対し、「人間の道路なので、逃げるのは鳩の方だ」と犯行の動機を語った。
新宿警察署は立件するために、ハトの解剖も行ったという。
ネットの反応を見ると、この動物愛護精神を支持する人は特に見あたらない。

・新宿署さぁ
他に色々やる事あるよねー!
・通報する暇人が凄い
・昨日これテレビが犯人の顔と名前を放送してたけどやりすぎだろ
・なんで捜査してもらえたのか不思議
・全米が泣く予感

現代の日本では、この運転手が処刑されて首をさらされることはないが、名前と顔は全国にさらされてしまった。
ハト一羽で失ったものが大きすぎ。

このところ日本では動物愛護の精神が高まっていて、鳥獣保護法違反の疑いで検挙される人がよくいる。
ことし6月には名古屋市で、農薬入りのエサをまいて13羽のカラスを殺した男が逮捕され、11月には病気の犬に適切な治療をしなかったとして、ペットショップを運営する会社の男が警察に捕まった。
最近の日本は動物虐待にはかなり厳しくなったけれど、あの国ほどではない。

 

明治時代、イギリスの旅行家イザベラ・バードが日本へやって来た。
各地を旅した彼女は、ある村で体験したこんなハートウォーミングな出来事に感動する。

伊藤は私の夕食用に一羽の鶏を買って来た。

ところが一時間後にそれを締め殺そうとしたとき、元の所有者がたいへん悲しげな顔をしてお金を返しに来た。彼女はその鶏を育ててきたので、殺されるのを見るに忍びない、というのである。

こんな遠い片田舎の未開の土地で、こういうことがあろうとは。
私は直感的に、ここは人情の美しいところであると感じた

イザベラ・バードの「日本奥地紀行」(平凡社東洋文庫)

イザベラ・バード(1831年 – 1904年)

 

イザベラ・バードが“未開の土地”で、「人情の美しさ」を感じた背後にあったのは、当時の日本人とイギリス人の動物に対する見方の違いだ。

日本でいえば江戸時代初期のころ、イギリスでは、民衆が動物に石を投げることが娯楽として行なわれていて、貴族階級の人間はずっと「キツネ狩り」をしていた。
この狩りでは人間が馬に乗り、猟犬に追われて必死で逃げるキツネを見て楽しんだ後、最終的には猟犬にキツネを食べさせる。
キツネのしっぽや足を切り取って、記念品にすることもあった。
イギリスでは、2005年になってようやくキツネ狩りが違法となる。
キツネ狩り (ブラッド・スポーツ)

一方、日本では江戸時代まで、仏教の「不殺生」の教えの影響もあって、肉食がタブー視されていた。
ただ、肉食が完全になかったわけではない。
娯楽として、鷹狩が行なわれることもあったが、命を奪うことに抵抗を感じてこれをしなかった大名もいたし、徳川綱吉は「生類憐れみの令」を出して全国的に鷹狩を禁止した。
これは、犬がキツネを食い殺すのを見て楽しむキツネ狩りとは残酷さの次元が違う。
1872年(明治5年)に明治天皇が牛肉を召し上がったことから、日本で肉食が“解禁”された。
イギリスに比べると、それまでの日本では命を奪う機会が本当に少なかったのだ。

 

しかし、それは昔の話で、現在では立場が逆転した。
現在のイギリスの動物愛護の考え方は、世界的に見ても(良いか悪いか別にして)とっても先進的。
2022年には、ネズミを捕まえるために、粘着シートを使うことを禁止する法律が成立した。
これは「ゴキブリホイホイ」のネズミ版で、日本ではドラッグストアで普通に販売されている。これを問題視する人はほとんどいないから、法的に禁止する動きもない。
でも、イギリスでは、このトラップはネズミに大きな苦痛を与える可能性があり、「非人道的だ」と批判が噴出し、法的に禁止される運びになった。
「ネズミとりホイホイ」が無くなったら、社会にどんな影響を与えるのか?

 

粘着シートの使用に反対する動画

 

この「禁止令」について、あるイギリスのネズミ駆除の専門家は、「街の中心部にとって破滅的」(catastrophic for the city centres)と警告する。
この専門家は最近、64センチの大きなネズミを見つけ、30年以上働いた経験から、ネズミの問題がこれほど深刻になったことはないと話す。
64センチのネズミが家にいたら、赤ん坊が危険では?

イギリスで禁止されたのは接着剤を使ったトラップで、毒やほかの罠でネズミを駆除することは合法だ。
しかし、そうした毒や罠に引っかからないネズミが増えていて、レストランなどでは深刻な影響が出ている。
そんなことから、この専門家はネズミ駆除に対処するために、企業が営業できなくなると感じている。

BBCニュース(2023/10/17)

feels in cases where traps or poison fails, businesses will be forced to close to deal with the problem.

Welsh rat trap ban catastrophic, says pest controller

 

このままだと、子猫ほどの大きなネズミがあちこちで走り回るようになり、家庭や企業にとって “壊滅的”な状態になると専門家(pest controller)は話す。
動物愛護もいいけど、ここまでくると行き過ぎだ。
もっと残酷に対して寛容になって、人間の生活を大切にした方がいい。

ちょうどいい動物愛護の精神は、この「ネズミとりホイホイ」禁止と車でハトをひき殺すことの中間にある。
自分が育てた鶏をお金を払って返してもらう行為なら、きっと「人情が美しい」と万人受けする。
もちろん、クリスマスにはチキンを食べるけれど。

 

 

【キツネ潰し】欧州貴族がカップルで楽しんだ動物虐待

動物愛護の精神 日本・フランスの鉄道駅であった“残虐行為”

【中国の犬食】賛成反対の理由は?玉林”犬肉祭り”の現状

イギリス人が韓国の犬食、日本のイルカ/クジラ食に反対する理由とは?

歴史から見る日本の食文化の変化・世界との違いは「天皇」

 

コメントを残す

ABOUTこの記事をかいた人

今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。 また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。