これがインドの対応?VIP訪問を前に、路上の物乞いを追放。

 

つい最近、トランプ大統領の娘イバンカ氏が日本にやって来て、大歓迎を受けた。

これは記憶に新しいと思う。

 

そのイバンカ氏が、今度はインドのハイデラバード市を訪れることになっている。
そんなVIPの訪問を前にして、「ハイデラバード市で路上にいた物乞いが追放された」と話題になっている。
ハイデラバードの警察は、街にいた物乞いを刑務所と同じ敷地内にある施設に収容しているという。

「イバンカ氏に物乞いの姿を見せたくないから、街から排除したのか?」

インド警察の物乞いへの対応が疑問視されている。

アメリカCNNニュース(2017.11.11 )から。

同市が位置するアンドラプラデシュ州では物乞い行為は犯罪と規定されている。ただ、ここに来ての実力行使の開始はイバンカ氏が出席する会議に向けた準備策との臆測をかき立てている。

路上の物乞い追放、トランプ氏娘の来訪目前に インド

ハイデラバード市の警察は、「これはイバンカ氏の訪問とは関係がない」と言っている。
けれど、そんな警察発表を信じる人は、インドの人口13億のうち13人ぐらいだろう。

個人的は、「そんなワケあるか!」と思っている。

 

能登半島のところにハイデラバードがある。

 

「そんなワケあるか!」と思ったのは、インドを旅行していたときに、コルカタ市でも同じような対応があったと聞いていたから。

国際会議が開かれる前に、コルカタの路上にいた物乞いがトラックにのせられて、どこかへ運ばれていったという。
前回コルカタに来たときに比べて、「物乞いがずい分減ったなあ」と思って宿のインド人スタッフに聞いたら、そういうことだった。

でもそのときは半信半疑。

「いくらインドとはいえ、「物乞いをトラックにのせて運んでいく」なんて非人道的なことを、21世紀になってもやるのだろうか?しかも、外国人が多く住む大都市コルカタで」

 

そんなことを思っていたら、インドは本当にやるらしい。

「シャルマ」というインド人のビジネスマンが日本に来たとき、日本の街を見てこんな感想を持った。

日本に着いてすぐに気になったことだが、乞食の姿がどこにもいない。道すがらも、喜捨(バクシーシ)を求める人たちや、裸足の人間や、物を売りつけてくる人間がいなかった。貧民や難民の姿もまったくない。彼らはどこにいるのだろう。デリーの場合のように、トラックに積み込まれてどこかに捨てられてしまったのだろうか

「喪失の国 日本 (文春文庫)」

さすがインクレディブル・インディア。
「信じられない!」があたり前。

 

 

「インドの物乞い」について、どう思いますか?

日本人のボクがインドに行って路上にいる物乞いを目にすると、「かわいそう」とか「貧しい」といったイメージを持ってしまったけれど、地元の人に話を聞くと案外そうでもない。

あたり前のことだけど、現地のインド人は、日本人と同じ価値観や考え方で物乞いを見ているわけではない。

インドを旅行中、ヴァラナシという都市でこんなことがあった。

 

オートリキシャー

 

オートリキシャーをチャーターして、ヴァラナシの観光地をめぐっていた。

その時に、オートリキシャーのドライバーとインドの物乞いについて話をする。

「インドを旅行していて、たくさんの物乞いを見たよ。彼らは貧しいし同情してしまう」

そんなことをボクが話す。
すると、インド人ドライバーは「だが待ってほしい」と言う。

「ちょっと待て。物ごいは貧乏じゃないぞ。ヤツラらの収入はオレよりいいんだ」

え?
これを聞いてビックリ。
なんで物乞いの収入がドライバーより上なのか?
そんなことがあるのだろうか?

「物乞いは、オレよりかせぎがいいんだよ。オートリキシャーのドライバーなんて、全然もうからんよ」

「じゃあ、アンタも物乞いになったらいいじゃないか」

「オレはダメなんだよ。ジャーティ(カースト)がちがうから、オレは物乞いにはなれないんだ」

そうだった。
インドにはジャーティ(カースト)があるんだった。
インドでは、物乞いを職業とする「物乞いカースト」みたいなものがある。

オートリキシャーのドライバーの話では、その地域には「縄張り」のようなものがあって、「物乞いカースト」以外の人間が物乞いをすることができないらしい。

日本でいう物乞いとは、まったく事情が違う。
さすがインド。

 

 

インドの場合、物乞いをふくめて「すべては自分と神との関係」として考えることがあるという。

もしも自分が貧乏で、隣の人が金持ちだとしても、それは「神様そう決めたのだ」とインド人は思うのです。
自分が貧乏なのは、私と神さまとの関係であり、彼が金持ちなのも、彼と神さまとの関係であると考えるので、焼きもちを焼くこともありません。
他人と同じものを欲しがったり、競争したりはしないのです

「インド流! マルカス サンガ新書)」

ということは、物乞いがトラックにのせられたり収容施設に入れられたりするのも、「神様そう決めたのだ」とインド人は思って納得するのだろうか?

インドは相変わらず深い。

 

 

物乞いは「乞食(こじき)」ともいわれる。

「乞食」という言葉は、もともとは悪い意味ではない。
ウィキペディアには乞食についてこう書いてある。

本来は仏教用語で「こつじき」と読む。比丘(僧侶)が自己の色身(物質的な身体)を維持するために人に乞うこと。

上に写真のような、タイでよく見られる托鉢(たくはつ)も乞食になる。
この仏教の言葉が今のような乞食(物乞い)の意味になった。

 

 

インドは、「暑くてカレーがウマい国」だけではない。

北部に行けば、氷河を見ることができるのだ。

 

こちらの記事もいかがですか?

旅人の都市伝説「インドの物乞いは、親が子の手足を切断する」

日本人の目とインド人の目から見たインドの物乞い ①

海外旅行での沈没:インドで出会ったイヤな旅行者・前編

海外旅行のトラブル「まさかの盗難」:列車・バス・タクシーでの注意

「旅」カテゴリー目次②

 

コメントを残す

ABOUTこの記事をかいた人

今まで、東南アジア、中東、西アフリカに旅をしてきました。外国に行って初めて気がつく日本の良さや特長があります。以前、歴史を教えていたので、その経験もいかして、日本や世界の歴史や文化などをテーマに、「読んでタメになる」ようなブログを目指します。