平昌五輪②日本人すごい vs すごいのは選手!おまえじゃない。

 

では、前回の続きです。

でもその前に、初めての人のために前回の内容を簡単に紹介したい。

平昌五輪で日本の選手がすばらしい活躍をしてメダルをとると、国民の反応が大きく分かれることがある。

ネットに「日本すごい」「日本人として誇らしい」と書きこむ人と、そういうコメントが嫌で「すごいのは選手。おまえではないし日本も関係ない」といったことを書きこむ人が出てくる。

*「日本すごい」というコメントには「選手すごい」がふくまれている。
「選手がすごいのは言うまでもないけど、日本もすごい」という考え方。

日本選手がメダルをとると、「それを日本や日本人に結びつける人 vs それらを切り離そうとする人」の間でちょっとした対立が起こる。

 

「切り離す人」のなか人には「日本はすごい」という言葉を見ると、「日本選手がすごい=日本人がすごい=日本人である自分がすごい」と想像が飛躍する人もいる。

たとえばカーリング女子の「そだねージャパン」が銅メダルを取ったときには、ネットにこんな書きこみがあった。

カーリング女子が銅メダル

カーリング女子すごい

カーリング女子は日本人

俺も日本人

俺すごい

この発想がすごぉ~く気持ち悪いですw

 

ジャーナリストの江川紹子さんも「すごいのは日本ではなくて選手」という見方をしている。

 

 

でも、タレントの中居正広さんはちがう。
羽生結弦選手が金メダルを獲得したとき、中居さんはテレビ番組で「日本人がホントにすごいなって。誇らしい」と話していた。

安倍首相の考え方もこれと同じ。

女子団体パシュートで日本チームが金メダルをとったことについて、安倍首相は「まさに日本の底力を示してくれました」と言っている。
また金メダルをとった羽生選手には、「多くの人に勇気を与えた。日本人として誇りに思う」と電話で祝福した。

でも「選手すごい系」の人たちは、こうした「日本すごい・日本人誇らしい」という言葉を嫌う。

*くり返しになるけど、中居さんにしても安倍首相にしても「選手はすごい」という敬意をもっている。
それをふまえた上での言葉だ。

でも、選手すごい系の人には「日本はすごい・日本人として誇らしい」という考えはない。

 

 

前回紹介した東京新聞は「すごいのは選手であって日本ではない」という考え方だ。
社説では「自分」「選手」「個」という言葉をたくさん使っていて、国としての日本には触れていない。

でも読売新聞はちがう。
選手と日本を切り離そうとはしないで、結びつけている。

社説(2018年02月23日)では「日本」にふれて、平昌五輪で日本選手が好成績をあげた理由に、日本スケート連盟がリーダーシップを発揮したことをあげている。

日本スケート連盟は、ナショナルチームを発足させた。選手が所属する実業団などの枠を超えて、代表選手として一体的に強化する方式だ。
その成果が端的に表れたのが、女子団体追い抜きだろう。

「女子スケート金 一体的な強化策が実を結んだ」

 

日本スケート連盟の会長は、自由民主党所属の参議院議員・橋本聖子氏だ。
「選手と国や政治は関係ない」わけがない。
選手が所属する実業団などの枠を超えて、「ナショナル(日本)チーム」をつくることは政治の力がないとむずかしいだろう。

 

産経新聞も社説(2018.2.23)で「日本」や「日本人」に触れている。

高木はレース後「みんなだったから取れた金メダル」と話した。日本の誇る技術力や団結力に個の力が加わったとき、悲願の金メダルが実現した。これは他競技やスポーツ以外の分野にも大いに参考となり、学ぶべき事実だろう。

日本の力に選手個人の力が加わってメダルという結果を生んだ。
この発想に違和感はない。

 

五輪は、国柄や国民性を再確認する場でもある。平昌の記憶を、それぞれの今後に生かしたい。

パシュートの金 「団結と個の力」学びたい

 

「日本はすごくない。選手がすごい」の人たちは「五輪は、国柄や国民性を再確認する場でもある」という考え方をすごく嫌う。

 

 

いま日本で勢いがあるのは「選手個人がすごい」か「日本もすごい」か?

「日本もすごい」の方だ。

この考え方を支持する人の方が多い。
そのことは、ネットの書きこみや「日本すごい」系の本やテレビ番組が多いことからも分かる。

だからそれを快く思わない人が「日本すごい系の番組が多くでウザイ」とネットによく書きこんでいる。

 

ボクは「日本すごい」の側にいるけれど、「日本はすごくない。選手がすごいんだ」と言いたくなる気持ちも自分なりにわかる。

前に、自分の考え方の移り変わりを記事で書いた。
「日本はヒドイ→日本はすごい→今はやや日本すごい」というように、自分の中で考え方が変化してきた。
だから「日本はこんなにヒドイ国だった」と考えていたときなら、「日本すごい」という書きこみを見たらきっとイラッとくる。
それで、「すごいのは選手!おまえじゃない」なんて書きこんでいたと思う。

 

 

でも、選手は日本代表選手であって、ただの個人選手ではない。

今回の平昌五輪では、ドーピング問題でロシアは参加することができなかった。
それで選手はロシア代表ではなく、「OAR (Olympic Athlete from Russia:ロシアからの五輪選手)」 という個人になっていた。

日本選手はこうした個人選手ではなくて、日本の代表選手として五輪に参加している。

自国の代表選手が世界の舞台で活躍するのを見て、「日本すごい」「日本人として誇らしい」と思うのはごく自然なこと。

そんな人たちが増えていることが気に入らなくて、「すごいのは日本じゃない。せ・ん・しゅ」と書きこんだところで今の日本は変わらないだろう。

 

それどころか最近では、そうした人をバカにするような書きこみも増えてきた。
「すごいのは選手。おまえは関係ない」というコメントに向けて、あえてこう書く人を見るようになった。

・金メダルとった。日本の選手すげえ!オレもすげえ!www
・日本の選手が誇らしい!日本人のオレも誇らしい!

また、記事のはじめにこんな書きこみを紹介した。

カーリング女子が銅メダル

カーリング女子すごい

カーリング女子は日本人

俺も日本人

俺すごい
この発想がすごぉ~く気持ち悪いですw

このコメントに対しても、「その発想が気持ち悪い」とか下のような書きこみがされていた。

・カーリング女子が銅メダル

カーリング女子すごい

カーリング女子は女子

俺も女子

俺すごい

明らかに「選手すごい系」の人をバカにしたり揶揄(やゆ)したりしている。
平昌五輪ではこんな「選手すごい vs 日本すごい・日本人誇らしい 」の構図をネットでよく見た。

 

 

世界のどこの国でも、自分の国をすごいと思ったり誇らしく感じたりすることは常識的にある。

オリンピックで自国の選手が金メダルをとる。
表彰式で国旗が上がって国歌が流れる。
それを見るとうれしくなる。

これはどこの国の人間でも同じ。
こういう素直な気持ちを「すごいのは選手!おまえじゃない」と打ち消そうとしても、きっとうまくはいかない。
外国人と接していると、自分が生まれ育った国を好きになるのは自然なことだとよく分かる。

 

 

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考え方の変化(前編)日本はヒドイ→すごい→今はややホルホル

 

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今まで、東南アジア、中東、西アフリカに旅をしてきました。外国に行って初めて気がつく日本の良さや特長があります。以前、歴史を教えていたので、その経験もいかして、日本や世界の歴史や文化などをテーマに、「読んでタメになる」ようなブログを目指します。