スターリン(ソ連)の大粛清②強制収容所の生活、-50度での労働

 

今回の内容

・スターリンの大粛清
・-50度のなかで強制労働

 

・スターリンの大粛清

ネットで「虐殺者ランキング」と入力すると、いろいろなページが出てくる。

けれど、どのランキングでもソビエト連邦のスターリンはトップ3に入っている。

 

たとえば、「世界で最も多くの人間を殺した独裁者TOP10」によるとヨシフ・スターリンは第2位で殺された人の数は、2300万人となっている。

これは、オーストラリアの総人口(約2150万人)よりも多い。

ちなみに1位と3位は、以下のとおり。

第1位 毛沢東(中国)7800万人

第3位 アドルフ・ヒトラー(ドイツ)1700万人

 

前回から、「世界虐殺者ランキング」第3位のスターリンがおこなった「大粛清」について書いている。

大粛清

ソビエト連邦共産党内における幹部政治家の粛清に留まらず、一般党員や民衆にまで及んだ大規模な政治的抑圧として悪名高い出来事である。

ロシア連邦国立文書館にある統計資料によれば、最盛期であった1937年から1938年までに、134万4923人が即決裁判で有罪に処され、半数強の68万1692人が死刑判決を受け、63万4820人が強制収容所や刑務所へ送られた

大粛清による死亡者の総数には50万人説から700万人説に至るまで諸説あり、長きにわたり論争になっている。

(ウィキペディア)

 

この大粛清は、1930年代にソ連の各地につくられた強制収容所でおこなわれていた。

前回、「ソルジェニーツィン」というロシア人が秘密警察に捕まってこの強制収容所に入れられたことを書いた。

これから、彼が体験した強制収容所での生活について書いていく。

強制収容所

政治的理由から形式的な裁判で、あるいは裁判なしで、強制的に市民を収容する施設。ソ連では1930年代の「粛清」の時代に多くの人々が収容された。

(世界史用語集 山川出版)

croppedstalin1943

スターリン(ウィキペディア)

 

・-50度のなかで強制労働

「ロシア」という国名を聞いただけで、背中が寒くなる。
おそロシア。

でも実際には、「寒い」なんて言葉では生ぬるい。
ロシアは、極寒の地だ。

強制収容所に入れられた人間は、そんな極限の寒さのなかで働かないといけなかった。
ソルジェニーツィンが書いた「収容所群島」によると、「零下四十五度と五十度の酷寒のなかでも労働が可能でとあると認め、零下五十五度以下の時だけにその日を」休みにしたという。

 

日本で観測された最低気温は北海道のマイナス41度。
だから、日本人にとってはまさに未知の世界。

ところで、-40度とはどんな世界なんだろう?
ちょっと調べてみた。
「マイナビ」の記事にこう書いてある。

●マイナス21-40度の世界で起こること
・ナイアガラの滝が凍る
・濡れタオルを振ると「一瞬」で凍る
・顔の表面に霜が付く
・沸騰したお湯をまくと一瞬で雲になる

「太陽が変形する? 気温がマイナス50度になるとどんなことが起こるの?『星のささやき』が聞こえる」

 

むかし、車のオイルのCMで「-40℃の世界では、バナナで釘が打てます」というものがあった。
そんな寒さのなかでは、バナナが金づちのように固くなって本当にバナナで釘をを打つことができる。

さらにCMでは、バラがガラスのようになって砕ける様も映していた。

 

-50度になると「星のささやき」が聞こえるという。

この温度になると吐く息の中の水蒸気が凍ります。このときにかすかな音が鳴ります。これが「星のささやき」と呼ばれる現象なんだそうです。

太陽が変形する? 気温がマイナス50度になるとどんなことが起こるの?「『星のささやき』が聞こえる

 

-40度や-50度といったら、外に出るだけでも命にかかわる危険な状態。

前にテレビ番組で、-50度の世界では金属製のドアノブに手をふれると、ドアノブと手がくっついて離れなくなってしまう、というようなことを言っていた。

 

そんなところで働かせるというのは、正気の沙汰ではない。
それなのに作業場では、たき火で体を温めることは禁止されていた。

遅れる囚人たちは棍棒で殴られ、犬に噛み殺されるのだった。

零下四十五度の作業場では、焚火をたいて暖を取ることが禁止されていた。

(収容所群島 ソルジェニーツィン)

 

当然、作業に行くことを嫌がる人たちも出てくる。
そんな人間に対しても、ソビエト政府の人間は容赦がなかった。

*橇は「そり」

作業出動拒否者たちを縄で橇に縛りつけて、そのまま採掘場まで引きずっていったものだ

(収容所群島 ソルジェニーツィン)

 

「縄で縛っても、つれて行く」という表現は聞いたことはあるけど、現実におこなわれていたというのは驚きだ。

さらに、作業配置で何らかのミスをおかした場合は、その作業班の人たちは銃殺されていた。

恐怖におののく人びとを目がけて、歓声をあげながらピストルを発射するのだった。

その死体は埋葬しなかった。五月になって腐敗すると、まだ生きのびていた廃人たちを呼びつけて、それらを埋めさせ、報酬として強化配食と時にはアルコールさえ支給するのだった。セルパンチカでは毎日三十~五十人もの囚人を隔離監房近くの納屋で銃殺した。

(収容所群島 ソルジェニーツィン)

 

カンボジアのトゥールスレイン刑務所
罪のない人たちがここに収容され、鉄の鎖につながれていた。

 

強制収容所での労働には、囚人がしなければならないノルマがあった。
囚人たちは、決められた作業量をこなさないといけなかった。

今の日本人がよく言うこの「ノルマ」という言葉は、じつはロシア語。

ソ連の強制収容所で使われていた言葉だ。

続きは次回に。

 

今回の復習

・約7800万人を虐殺したとされる中国の指導者はだれ?
・約600万人のユダヤ人を虐殺したとされるドイツの指導者はだれ?
・約2300万人を虐殺したとされるソ連の指導者はだれ?

 

答え

・毛沢東
・ヒトラー
・スターリン

 

こちらの記事もいかがですか?

東南アジアを知りましょ! 「目次」 ①

「ヨーロッパ」カテゴリー 目次 ① 

アフリカ・カテゴリー「目次」

中国を知ろう! 「目次」 ①

「インド・カテゴリー」の目次 ③

 

コメントを残す

ABOUTこの記事をかいた人

今まで、東南アジア、中東、西アフリカなど27の国・地域に旅をしてきました。以前、中学生に歴史を教えていた経験もあります。 また、日本にいる外国人の友人も多いので、彼らの目から見た日本も知っています。 そうした経験をいかして、日本や世界の歴史・文化・宗教などをテーマに、「読んでタメになる」ブログを目指しています。