東南アジアを知りましょ! 「目次」 ①


 

始めの言葉

「私は便利に旅行できた。日本へ私をとどめた別の理由は、日本人の親切な性格である。私は誰にも恨みを感じたことはなかった。(ノエル・ヌエット 大正時代)」「日本絶賛語録 小学館」

 

「東南アジア」カテゴリーの記事の目次です。
良かったら、見てください。

 

旅といえば「東南アジア」。その意味は?インドシナとは?

フェニキア人は、やがてエーゲ海の西にある地方をエレブereb、東側をアスassuとよぶようになった。
「東(アス)にラテン語の地名接尾辞「イアーia」がつけられ、アシア(東の地)とされたわけだ。(地名の世界地図 文藝春秋)」
つまり、assu(東)+ia(イア)=asia(アジア)になった。ちなみに、この「エレブereb」が、「ヨーロッパ」になる。

 

日本という「アジアの光」①~19世紀のアジア・インド大反乱とに太平天国の乱~

インドはイスラム勢力に支配されることになった。
有名な「タンドリー・チキン」は、イスラム教徒がもたらした料理で、「ナン」は、ペルシャ語になる。
そんなインドも、19世紀半ば、インド大反乱で失敗してイギリスの支配下におかれた。
中国での太平天国の乱が失敗した。これは、アジアの各地の人びとに大きな危機感をいだかせた。日本がそれを変えた。

 

日本という「アジアの光」 ②~インドネシア・フィリピンなどからアジアから見た日露戦争~

日本海海戦に続く、日露戦争の日本の勝利を、インドネシアの高校の歴史教科書「インドネシアの歴史(明石書店)」では、こう記述している。
インド、フィリピンでは、日本の近代化のあと民族運動がいっそう活発になった。太陽の国が、いまだ闇の中にいたアジアに明るい光を与えたのである」。
しかし、その勝利の代償は大きかった。

 

このクモ、食べないとダメですか?~ポルポト政権下のカンボジア人 ①~

その後、ヒマつぶしにおじさんと話をしていると、ポル・ポト時代の生活を話してくれた。
その時代、おじさんは16、7歳だったという。
「家族とは別々されて、同じ年代の人たちと一緒に生活をさせられたよ。毎日が、地獄だった。食べる物がなくていつも、腹をすかせてた。朝から夕方まで一日中、農作業をやらされたけど、食べ物はいつも、ほんのちょっとのお粥だけ。休み?そんなのあるわけないだろ。一年中、農作業するか寝ていただけだった。娯楽なんてものもない。周りの人と話をしただけで、殴られたんだ」

 

そして、カンボジアは、地獄と化した「トゥールスレンとキリングフィールド」~ポルポト政権下のカンボジア人②~

こうした政権にとっての敵を、カンボジアから「取り除く」ためにつくられた施設が、首都プノンペンにある「トゥールスレン」だ。
このトゥールスレンに、ポル・ポト政権への反対者、または、その疑いのある人間が多く連れて来られた。そして、ここで、尋問・拷問・殺害が行われた。ここで殺された人たちの人数は、15000人にものぼるという。

 

死は、後ろからやって来る ~ポル・ポト政権下のカンボジア人③

トゥール・スレンに来た外国人は、みなショックで言葉を失う。
ガイドは、あるフランス人女性のことを話してくれた。そのフランス人観光客は、泣きながらカンボジア人の彼に謝罪したという。
ここで殺された人たちの顔写真や拷問を受けた部屋を見ているうちに、たまらなくなったという。
「何でフランス人が?」と思ったら、ポル・ポトがフランスで共産主義を学んだからだという。

 

知ってましたか?「北斗の拳」とカンボジア(ポルポト時代)の意外な関係って。

面白い記事を見つけた。
漫画「北斗の拳」とカンボジアとの意外な関係について。このタイミングで、この記事を見つけたときは、「マジかよ!」と、思わず口から出そうになりましたよ。漫画「北斗の拳」の誕生には、ポルポト政権下のカンボジアが関係していたとは。ポルポト時代のカンボジアにケンシロウがいたらなあ、って思っちゃいますよ。

 

ポルポト時代のカンボジアと「北斗の拳」の世界

北斗の拳の原作者のインタビューを読んで驚いた。
「『北斗の拳』の連載が始まったのはこの翌年。元々、原哲夫君の設定は、現代を舞台に、『拳四郎』が法では裁けない悪党を暗殺拳で始末するという話だった。でもオレは、現代ではなく、カンボジアのように殺伐とした世界でこそリアリティが出ると思ったの」。
ボクも、カンボジアでは、衝撃を受けた。

 

そうだったのか!旅人の敵「外国人料金」の理由

外国人料金は、最初はイヤだった。彼はアンコールワットには行ったことがないという。 ここでウェイターの仕事をしていて、稼いだお金を田舎の家族に送っているから、見たいけど行くお金がない。日本人のボクが撮った写真を見て、「アンコールワットは、すごいなあ」と言う。「カンボジア人がこれでいいのか?」と思ってしまった。

 

平均月収33万円のタイで、外国人料金は必要なの?

今、日本に旅行に来るタイ人がすごく増えている。京都の清水寺の当たりでは、着物を着たアジア人がタイ語を話していたし、白川郷に行ったときは、お土産屋でタイ語が飛び交っていて驚いた。
雪を見たことがないタイ人には、北海道が人気のスポットだという。お金あるじゃん、タイ人のみなさん。何でそんなタイで外国人料金が必要なの?

 

別のブログになりますが、こちらもどうぞ。

 

東南アジアをさらに一歩、深く知ろう ~まだまだ続くよ、サンスクリット~

 

これからタイへ行く人へ・これからもタイへ行く人へ~タイ人を驚かせる「魔法の言葉」~

 


投稿者: kokontouzai

今まで、東南アジア、中東、西アフリカに旅をしてきました。外国に行って初めて気がつく日本の良さや特長があります。以前、歴史を教えていたので、その経験もいかして、日本や世界の歴史や文化などをテーマに、「読んでタメになる」ようなブログを目指します。

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