米が原爆を投下した原因:日本政府の「黙殺」を誤訳した?

 

コロナ対応に追われて、休みも取れない菅首相は最近かなりお疲れらしい。
このまえ首相官邸で会見した首相は「感染拡大を最優先にしながら…」と日本を破滅に導くようなことを口にする。
また、イスラム過激派のタリバンがアフガニスタンの首都カブールを制圧したことについて、「タリバンの首都、カブール…」とどこの世界線の話かわからないことを言う。
でもまぁ首相のこれぐらいの言い間違いなら、大したことはないのだよ。

 

さて8月も半ばを過ぎて、そろそろ秋が近づいてきた。
日本の8月というと6日と9日は広島・長崎へ原子爆弾が落とされた日で、15日は終戦記念日だから「鎮魂の月」と言える。
原爆投下には被害者と加害者がいるから、アメリカでもこれに関心を持つ人は多くいる。

このまえ、歴史に興味があって「太平洋戦争では皇道派と統制派の対立が~」なんてことをサラリと言えちゃうアメリカ人と話をしてたとき、原爆投下の原因についての初耳情報を聞いた。
この理由はアメリカでは、日本に降伏を決断させるための一撃、戦争を早く終結させるための仕方のない手段だったと一般的には考えられている。
これとは別に彼はアメリカの大学で教授から、日米での「誤解」が大きな原因のひとつだと習ったという。
当時の日本政府が使った日本語が英語へ「誤訳」されたことで、アメリカ政府は原爆投下に踏み切った。
もしこのときその日本語が別の英語に翻訳されていたら、もう少しタイミングがズレて、原爆投下はひょっとしたらなかったかもしれないと彼は授業で聞いた。

マジか。
そんな話は知らなかったんで、チョイと調べてみた。

 

まず1945年(昭和20年)7月26日に、アメリカやイギリスから成る連合軍が日本に対して降伏を迫る「ポツダム宣言」を出す。
(外国が日本にこう要求するのは13世紀の元寇以来?)
これを拒否すれば、連合軍が全力で日本本土を攻撃するのは目に見えている。
天皇をはじめ全日本人の生命や財産、運命がこの返事にかかっていたから、日本政府内ではこれにどう対応するかの大議論になる。

外務省では、まだ交渉の余地はあるから「黙っているのが賢明で、新聞にはノー・コメントで掲載するよう指導するのが適当である」ということに決まり、外務大臣の東郷茂徳は「本宣言は有条件講和であり、これを拒否する時は極めて重大なる結果を惹起する」と閣議で発言する。
一方、これに反対した陸海軍は政府に「断固抵抗する大号令」を発するよう主張。

「拒否するか受諾するか、それが問題だ」というハムレット状態におちいった政府は結局、国民にポツダム宣言の内容は知らせるものの、その返事については言及しないことを閣議決定する。
イエス/ノーをハッキリ示さないで、連合国と交渉をしてから決めるという東郷外相の案が通った形だ。
玉虫色の決定という日本人らしい態度でもある。

翌7月27日、日本政府は予定どおり、ポツダム宣言があったことだけを国民に公表した。がマスコミの報道は違う。

読売新聞は「笑止、対日降伏条件」
毎日新聞は「笑止! 米英蔣共同宣言、自惚れを撃破せん、聖戦飽くまで完遂」「白昼夢 錯覚を露呈」

といった具合に政府発表を否定し、国民の戦意をあおるような報道をする。
こうした世論に加え陸軍から、「政府は宣言を無視することを公式に表明するべき!」といった強硬な意見が出され、鈴木貫太郎首相は記者会見でこう言った。

「共同声明はカイロ会談の焼直しと思う、政府としては重大な価値あるものとは認めず「黙殺」し断固戦争完遂に邁進する」

「この発言は閣議決定違反である」と東郷外相は抗議したけど、もう手遅れ。
この「黙殺 」という日本語を同盟通信社は「ignore(無視)」、ロイターとAP通信は「reject(拒否)」と英訳した。
アメリカ政府の理解は後者、日本はポツダム宣言を拒絶したと受け取る。
その後に起きた悲劇は先ほど書いたとおり。

 

さて、この状況での「黙殺」を正確に表す英語は「ignore」か「reject」か?

翻訳会社の「クリムゾン・ジャパン」の記事によると、この2つの意味の違いは決定的だ。(Oct 14, 2020)

戦争中の一国の責任者が、相手の申し出をignoreしたのかrejectしたのかでは大きな違いがあります。 同盟国が日本への原爆投下に踏み切ったことに、この「誤訳」がどれほどの影響を及ぼしたのかはわかりません。

原爆投下は、たった一語の誤訳が原因だった!?

 

「ignore」であればまだ交渉の余地があるけど、「reject」だとその可能性のない完全な拒否になるらしい。
ただ、原爆投下の原因が「たった一語の誤訳」だったというのは過程を省略しすぎかな。
でも、この「誤解」が原因のひとつとなったという説は前からあったようだ。
「jbpress」にはこんな記事がある。(2021.7.26)

ポツダム宣言の黙殺が米軍の原爆投下を招いたというのは本当か

 

誤訳や誤解があったとしても、そもそも「黙殺」という言葉を選んだ鈴木首相の責任が大きい。
「感染拡大を最優先に」という言い間違えなんて、そこらに転がる小石に見えるレベル。
当初のように東郷外相の案を堅持していたら、こんな言葉を使うことはなかっただろう。
となると、やっぱり首相の言葉は重いか。

 

 

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1 個のコメント

  • > さて、この状況での「黙殺」を正確に表す英語は「ignore」か「reject」か?
    > 翻訳会社の「クリムゾン・ジャパン」の記事によると、この2つの意味の違いは決定的だ。(Oct 14, 2020)
    > 戦争中の一国の責任者が、相手の申し出をignoreしたのかrejectしたのかでは大きな違いがあります。 同盟国が日本への原爆投下に踏み切ったことに、この「誤訳」がどれほどの影響を及ぼしたのかはわかりません。
    > 原爆投下は、たった一語の誤訳が原因だった!?

    そういう考え方があることは知っています。が、その考え方は決して主流であるとは言えないと思う。
    確かに、英語の「ignore」と「reject」では大きな意味の違いがあります。それはなぜなら、英語は「自分の意志を言葉に表わしてその意味を相手に伝えること」が基本的な目的の言語であるからです。

    その一方、日本語の「黙殺」や「無視」は、時には「拒否」と実質的には同じが、それ以上に強い意味になることはよくあります。そのことは、たとえば「育児放棄」という言葉の意味を考えてみれば明らかでしょう。
    日本語の「黙殺」や「無視」は、英語の「ignore」よりもはるかに強い否定的感覚を表すことが、しばしば起こり得るのです。それは英語と日本語とでのコミュニケーション機能の上での基本的役割の違いから起きるのだと私は考えます。日本語では、言葉に表さない場合のほうが強い意志を表すこともあるのです。

    この例の場合、「黙殺」は「reject」と翻訳するのがより正しいと、私も考えますね。

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    今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。 また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。