1945年(昭和20年)8月6日午前8時15分、米軍によって広島市に原子爆弾が投下された。
人類の歴史上、人間に対して核兵器が使われたのはこれが初めて。
原子爆弾で命を奪われた人は15万人以上とも言われる。
それから75回目の8月6日が先週あったから、日本に関心のある外国人が集まるSNSグループに原子投下という、かなりデリケートなことを聞いてみた。
いろんな外国人からコメントがきたけど、いちばん多かったのはやっぱりアメリカ人。
ということで今回はアメリカ人に限定し、さらにその中で最も多かった見方を紹介しよう。
これはアメリカ人の一般的な認識だと思う。
「Pray for Lebanon」(レバノンのために祈ろう)という冗談か本気かよく分かんないコメントもあったけど(いいね!も多数ついてたけど)、広島に原子爆弾が投下された理由についてこう書くアメリカ人がたくさんいた。
「War is a horrible thing that happened and shouldn’t continue, but that’s the world we live in. I highly respect the Japanese people and their culture. We understood that without Japan’s surrender the war in the pacific would not end until every Japanese person died in combat.
I respect the fighting spirit of the Japanese people.」
戦争とは、長引かせてはいけない恐ろしいもの。
わたしは日本の人や文化をとても尊敬している。
あの当時アメリカは、日本が降伏しなければすべての日本人が戦闘で死ぬことを知っていた。
わたしは日本人のファイティング・スピリッツに敬意を払う。
原子爆弾の使用は恐ろしい結果を招くことはアメリカも知っていたけれど、戦争を終わらせるためには仕方がなかった。
最後の最後の手段として、アメリカは仕方なくその選択をした。
この人は遠まわしにそんなことを言っている。
言い方や内容に細かい違いはあるけど、「原爆投下が唯一の選択肢」「あれは苦渋の決断だった」と考えるアメリカ人が最も多かった。
75年前、広島に原爆が落とされた直後、トルーマン大統領も同じようなことを話していた。
ポツダムで7月26日に最後通告が出されたのは、日本国民を完全な破壊から救うためであった。日本の指導者たちは、この最後通告を即刻拒否した。
日本国民を完全な破壊から救うため、というのは日本人として納得がいかないところがあるけど、これがアメリカの「公式見解」とみていい。
上のコメントをしたアメリカ人は「highly respect」と日本人にすごく配慮した言い方をしているけど、そんなお優しい人は少数。
「これは悲劇だが、それを招いたのは日本」「なんでもっと早く降伏しなかったのか?」「愚かな指導者によって市民が犠牲になった」といった感じで、原爆投下の責任を当時の日本政府に押し付けるような表現をする人が本当にたくさんいた。
これもアメリカ人だと思うけど、「it all happen for a reason..What reason would that be?」(全ての出来事には理由がある。そうなった理由は何だと思う?)と書き込む人もいる。
これを決断して実行したのはアメリカだから、その責任も向こう側にあると思っていたけど、アメリカ人には「日本がそこまで我われを追い詰めた」といった意見が予想外に多くて、これは意外というか面食らった。
「日本が原因をつくり、アメリカが結果をおこなった」と責任を半々にするような見方ではなくて、中にはアメリカを被害者のようにみる意見もある。
ボクにはアメリカ人の友人が何人かいて、アメリカは好きな国だけど、今回寄せられたコメントを見ていて正直、少し嫌いになった。
「人類初の核使用」の罪や汚名は避けたいというアメリカ人の思いが伝わってきて、これはデリケートな問題なのだったなと改めて実感。
もしアメリカ人に原爆投下について意見を求めるなら、謝罪の言葉がないのは当然として、言葉や内容をよく選んで質問したほうがいい。
アメリカ人の考え方に触れて本当にそう思う。
こちらの記事もどうですか?
ふうん、ブログ主さんの考え方は私にはよくわかりませんね。
私は日本人ですが、多くの米国人に同じ考えです。負け戦を不必要に長引かせて、大局を見誤った愚かな指導者たちのせいで、人類初の(一般市民の)原爆犠牲者を出す羽目になった。その通りだと思いますよ。
米国が原爆を使用する前に、早く降伏すべきだった。そもそも世界の大多数の主要国を相手に開戦なんぞすべきではなかった。何という判断力の欠如か。無謀であり、無能です。世論を煽って開戦に導いた新聞も同罪だ。
あの時は、米国だって(特に神風特攻隊なんか)怖かったし、焦っていたんですよ。自国民の犠牲者を抑えるためにはあり得る判断だったと思う。戦争とはそういうものです。
大量殺戮に、核兵器を使用するのが不可で、通常兵器ならばOKということはないでしょう?
それくらい冷静・冷酷に考えることができずして、どこかの国が感情的に嘘の歴史を煽って日本を口撃し、攻撃しようと考えることを「無謀だ馬鹿だポピュリズムだ」と非難することが、果たしてできますか? ブログ主さんのような「感情的な」米国への非難は、そういう国の人間がやっていることと同じだ。
「歴史のif」は個人の想像の世界なのでそれは自由です。
ただ大量殺戮は国際法違反なので、方法に関係なく論外です。
また最近アメリカの学者はこう主張し反響を呼びました。
「原爆を使わなくても日本が(1945年)8月に降伏していたことは、日米の歴史文書で圧倒的に示されている」
「(原爆投下を決断した当時の)トルーマン大統領や側近らもそれを分かっていたことが、数々の資料で証明されている」
くわしいことは時事通信の記事をご覧ください。
原爆投下「不要だった」 歴史家の寄稿掲載―米紙
個人的には核使用に反対の立場なので、これを正当化してはいけないと考えています。
共通の敵(=ドイツ、日本)が居なくなることがほぼ確定してソ連と仲が険悪になりつつあった米国が、日本の統治を優位に進めるために原爆を落としたと聞いた記憶があります。事実、7月ごろには日本軍の戦力はほぼ壊滅状態、主要な都市は大体破壊されているが故にまともな反撃は不可能でした。しかも、二発も原爆を使用しており、止めとしても過剰です。また、長崎型(プルトニウム型)は冷戦時代の米国の核戦力の中核を担う兵器ですから都合の良い実験場として日本が利用された面は間違いなくあるでしょう。
また、当時の世界の主要国に喧嘩を売った、というのも語弊があります。まず、第一次世界大戦の辺りで満洲及び中国への進出に出遅れた米国が日本に土地を要求して断られた結果、逆ギレして日本を締め上げました。端的に書けば、石油の輸出規制です。つまり、先に喧嘩を売ったのは米国です。結果、当時は中東の石油生産が無かったので、石油の多くは米国頼りだった日本はカツカツになりました。言わば、飢虎、あるいは餓狼、それとも窮鼠。兎に角、なんとしても資源を手に入れる必要がありました。無論無謀ですが、そもそも勝算以前に戦争以外で状況を打破できる要素が有りませんでした。現代で言えば、悪質な地上げに会ってしまって電気も水もガスも、ついでにガソリン、灯油まで止められたので、ブチギレて武器をかき集めて殴り込みに行った、という感じです。早く降伏すべきだったことは事実ですが、ルーズベルトが日本を締めつけ過ぎたのもまた事実なのです。
歴史に後から文句を言うのは簡単ですが、当時には当時の状況が有ります。かつての価値観を現代的な思考で否定するのは、歴史学のご法度です。今回であれば、開戦の原因、経緯くらいは調べましょう。また、ハーグ条約についても知っておくと良いかもしれません。
歴史において、無意味な戦争は有りません。必ず起きた理由があり、開戦以外の選択は凡そ実行されています。その事は、覚えておいて頂けると幸いです。
>満洲及び中国への進出に出遅れた米国が日本に土地を要求して断られた
これは具体的に何でしょうか?
開戦の原因であれば、日中戦争への言及は必要です。
>満洲及び中国への進出に出遅れた米国が日本に土地を要求して断られた
これは具体的に何でしょうか?
門戸開放政策というものです。当時列強が推し進めていた中国侵略ですが、アメリカは少々出遅れまして中国を侵略する権利は皆ある筈!的な主張をしたのです。これを拒否したのは日本だけでした。ドイツも妨害したようですが。そして満洲国が出来て門戸開放は頓挫し、米による中国への武器供与を経て日中、太平洋戦争へと続いていきました。
日中戦争については完全に考慮外でした。申し訳ない。
これは門戸開放政策についての大辞林の解説です。
「中国の領土保全と中国における産業・通商上の機会均等を、既得権をもつ他の帝国主義列強に対し主張するもの。」
これが一般的な説明で、米国が中国の土地をうんぬんというものは他でも見当たりませんでした。
「日本に土地を要求して断られた」の土地とは具体的にどこでしょう?
またブリタニカ国際大百科事典の解説にはこう書いてあります。
「フランス,イタリア,ドイツ,イギリス,日本,ロシアに送り,各国とも原則的にはこれを了承。」
日本も一時異議を唱えましたが、最終的にはこれを了承しませんでしたか?
実際日本は満州で、アメリカに対し門戸開放政策を維持すると伝えています。
>また最近アメリカの学者はこう主張し反響を呼びました。
>「原爆を使わなくても日本が(1945年)8月に降伏していたことは、日米の歴史文書で圧倒的に示されている」
>「(原爆投下を決断した当時の)トルーマン大統領や側近らもそれを分かっていたことが、数々の資料で証明されている」
>くわしいことは時事通信の記事をご覧ください。
>原爆投下「不要だった」 歴史家の寄稿掲載―米紙
その話に対しては、同じ言葉を返してあげましょう。
>「歴史のif」は個人の想像の世界なのでそれは自由です。
それが事実であると立証できたと言えるのは、米国人の多数派を説得できた時でしょうね。
>ただ大量殺戮は国際法違反なので、方法に関係なく論外です。
もちろんその通りです。そのような行動を米国に取らせるべきではなかった。日本側の判断の誤りです。
なぜ、もっと早く他の道を探らなかったのですか?
>個人的には核使用に反対の立場なので、これを正当化してはいけないと考えています。
「使わざるを得ない状況に追い込まれていてやむを得なかった」ことは、正当化したことにはなりませんよ。
私は日本人であり、肉親を(原爆によってではないが)あの戦争で亡くしていますが、同時に米国人にも知り合いがいて、その米国人も肉親を亡くしています。当時は、本土空襲も著しい敗戦濃厚の状況にあったにもかかわらず、大日本帝国は激しく抵抗して、沖縄上陸・本土決戦やむなしとの考えでした。沖縄戦だけでなく、それまでの太平洋での戦いでは米国側も多数の犠牲者を出している。
一刻も早く戦争を集結させて自国民の犠牲者を少なくするためであれば、もし私が米国代表者の立場であっても、当時はおそらく核兵器を使用したことでしょう。もちろん、その判断が「正当化された」などとは考えてはいませんけれども。
政治家とは、正当な判断をする場合もあるけど、正当でないが必要な決断を下す場合もあるんです。
「歴史のif」にはいろいろな説があります。
どれが正しいかは誰にもわかりません。
大量殺戮は動機に関係なく、行為自体が国際法違反で禁止されています。
「やむを得なかった」というのは行為を認めているので、正当化したことになります。
「使わざるを得ない状況に追い込まれていて」というのもひとつの考え方で、実際にそうだったかはわかりません。
「原爆を使わなくても日本が(1945年)8月に降伏していたことは、日米の歴史文書で圧倒的に示されている」というアメリカの歴史学者もいます。
門戸開放宣言については、了承した後に満洲国の建国で骨抜きにされています。
長春・旅順間の鉄道を日米共同経営する提案や、列強が満州に保持していた鉄道利権を共同管理する案はありました。これは実質的に租借地の拡大を目指す行為ですから、土地の要求とみても問題ないと判断しました。
門戸開放宣言は石井・ランシング協定や日本・連合国間の秘密協定によって、一度骨抜きにされたことに触れないのは意図的でしょうか。
それにこの宣言が出された1890年代と満洲国が建国された1930代では、国際情勢がすでに大きく変わっています。
鉄道の共同経営や鉄道利権の共同管理を提案することと、「米国が日本に土地を要求して」ということは違います。少なくとも正確な記述ではありません。
「歴史に後から文句を言うのは簡単ですが、当時には当時の状況が有ります」
「今回であれば、開戦の原因、経緯くらいは調べましょう」
これらの言葉は余分でしたね。
「歴史に〜調べましょう」までは匿名の方へ宛てたつもりでしたが、特に述べておりませんでした。喧嘩腰のコメントを送りつけてしまい申し訳ありません。
それと、一つ訂正を。別に私は歴史に文句は付けておりませんので、そこん所はお間違い無く。
それはそれとして、これ以降も更新お待ちしております。毎度とまでは言えませんが、8割くらいは楽しませて頂いておりますので。
>匿名の方へ宛てたつもりでした
それは大変失礼しました。
こちらのカン違いで、それに基づいてあれこれ書いてしまいました。
削除しようと思いましたが、どの部分をすべきか迷いましたのでコメントはそのまま残すことにします。
いままでの非礼についてはお許しください。