日本とイギリスの関係 19世紀の日英同盟と重なる21世紀のいま

 

「国を代表するのはオレたちだ!」と大声で言っても、国際社会がそれを認めてくれなかったら単なる自称、未承認政府じゃ意味はない。
明治政府を初めて認めた国はイギリスで、それが1868年のきょう5月22日のこと。
前年に徳川慶喜が大政奉還をおこない、260年以上続いた政権を天皇に返上して、1868年には江戸城が新政府軍へ引き渡された。
そんなことからイギリスは、日本の正統政府はもはや幕府ではなく明治政府だと判断する。
大坂の東本願寺で明治天皇と謁見した駐日イギリス公使のパークスは、ヴィクトリア女王の信任状を提出して、これからは明治時代と付き合っていくことを伝えた。
これ以上のくわしい内容は外務省ホームページの「外交史料館」で確認のこと。

国際社会では初めて明治政府を承認してくれたとか、近代史において日本とイギリスの関係はけっこう深いのだ。
明治の日本人はイギリスに対して、親しみや憧れの気持ちを持っていたようで、福沢諭吉はこんなことを言う。

日本の軍艦東洋の海面を蔽ひ、日章旗は西洋諸国まで吹き及ぼすは、愉快ならずや。アジアの東辺に「新英国」を出現するは難からず。

「福沢諭吉と朝鮮 時事新報社説を中心に (彩流社) 杵淵信雄」

 

いや、当時のイギリスは大英帝国という世界的な超大国だったから、ちょっと前まで“鎖国”をしていた日本が「新英国」になるというのは、ハードルが高すぎるというか無理ゲーでは。

 

イギリスは19世紀後半にはどこの国とも組まない非同盟政策をとっていて、それを「栄光ある孤立」(Splendid Isolation)という。
そんな孤高を守っていたイギリスが初めてその立場を崩し、1902年に日本をパートナーに選んで「日英同盟」を結ぶ。
このころ大英帝国はボーア戦争に苦戦して力を落としたり、ロシアの南下を警戒したといった理由から、もう「光栄ある孤立」とかカッコつける場合じゃなくなって、その外交政策を放棄し、当時ロシアと対立しつつあった日本と組むことにした。
福沢諭吉の願いが半分ぐらいはかなったか。

この同盟はむしろ日本にとってラッキーなことで、日本海軍は大英帝国から戦い方を学び、イギリスで建設された戦艦三笠が日本海海戦で活躍してバルチック艦隊を撃破し、1905年にロシアに勝利することができた。
このとき日本はギリギリで勝つことができたから、日英同盟がなかったら、ロシアの植民地になっていたかも。
ロシアが負けて力を失ったことは、イギリスにとっての利益になるから、ウィン・ウィンにも見えるけど、でもやっぱり日英同盟では日本が得たメリットの方が大きいと思う。
そんな関係もしだいに魅力がなくなって、1923年に日英同盟は解消された。

だがしかし、120年のトキを超えてよみがえったらしい。

朝鮮日報(2022/05/07)

120年前のロシアけん制再び…復活する英日同盟

ロシアによるウクライナ侵攻を受けて、日本とイギリスが再び手を握る。
岸田首相とジョンソンが会談を行い、日英が共同で次世代戦闘機の開発を進めることや、自衛隊とイギリス軍が共同訓練を行うことがきまり、これから両国の連携はさらにいっそう強くなる。
対ロシアを想定して軍事的な関係を深めること、EUから離脱した(ブレグジット)イギリスがアジアのパートナーとして日本を選んだことは明治時代の日英同盟と重なる。
でも今回は完全に対等で、メリットも分け合いそうだ。
これなら福沢諭吉も満足か。

 

 

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2 件のコメント

  • こんにちは!いつも勉強になるブログをありがとうございます。
    日英関係に興味があるのでとても気になるブログなのですが、文章が途中からになっていませんか?
    ロシアの植民地になった日本はどうなっていたんでしょう。公用語がロシア語になっていたかな?
    ロシアの植民地でもよかったかもしれないですね。

  • ありがとうございます!
    ええ、最初に意味不明な言葉がありました。すみません。
    これからも変なのを見つけたら、容赦なくツッコんでください。
    あのときロシアの植民地になっていたら、いまのウクライナのようになっていたでしょうね。

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    今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。 また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。