シンガポールの強制的な多文化共生 団地住民も民族ごとに

 

きょう4月1日は1867年に、シンガポールがイギリスのもの(直轄植民地)になった日。
シンガポールはとても小さな国で、東京23区よりちょっと大きいぐらいだから首都は存在しない。
そこに約564万人が住んでいる。
日本との大きな違いは、シンガポールが多文化共生社会である点で、民族構成は中華系74%、マレー系14%、インド系9%となっている。
言語については、マレー語が国語で、公用語として英語、中国語、マレー語、タミル語の4つがある。

現代のシンガポールは、1819年にイギリス人のラッフルズがジョホール王国から許可を得て、イギリス東インド会社の拠点としたことからはじまった。
イギリス統治時代に中国やインド、インドネシアから多くの移民が労働者としてシンガポール(やマレー半島)へやってきたことが、現在の多民族国家の原点となる。

ちなみに、第二次世界大戦では日本軍がイギリス軍を破ってシンガポールを占領すると、1942年に「昭南島」(昭和に手に入れた南の島)と改称した。

 

 

インドのシク教徒がラッフルズ・ホテルの門番をしている。
ホテルの名前はシンガポールの創設者に由来する。
植民地時代、ここは西洋人用のホテルだったから、アジア人は差別的な扱いを受けていた。
ある中国人の金持ちがダンスパーティで白人の客に蹴られ、ホテル側に抗議したところ、「ここはあなたたちのために建てられたホテルではない」と一蹴されたという。

 

街のいたるところにある中国食のレストラン

 

ヒジャブをかぶったイスラム教徒の女性や中国系の人たちがいる。

 

 

イスラム教のモスクのすぐ近くを仏教僧が歩く光景もシンガポールあるある。

 

 

多文化共生は、それぞれの民族が協力すれば、スゴイ力を発揮する一方で、対立が生まれやすいというリスクが潜んでいる。

1963年には、マレー系と中国系住民との間で、多くの死傷者を出す人種暴動事件が発生した。

文化国家・シンガポールの闇 1964年の最悪の人種暴動事件

現在のシンガポールでは、この暴動が起きた7月21日を「民族融和の日」としている。
学校ではこの日、子どもたちがそれぞれの民族衣装を着たり料理を食べたりして、お互いについて理解し合う。

 

シンガポールでよく見かけるHDB

 

HDBの入口にはいろんな言語のビラがあった。

 

人種の違いによる争いを防ぐため、シンガポールでは日常生活でも国家が民族融合を促進している。

そのことは、シンガポール国民の8〜9割が住む「HDB」と呼ばれる集合住宅を見ればわかる。
この「HDB」では、一つの民族が固まらないように、住民の民族比率が国全体の比率とだいたい同じになるよう配慮されている。
たとえば、国全体の民族構成が中国系74%、マレー系13%、インド系その他が13%となっていたら、HDBに入居する民族の割合もそれに近くなるよう調整される。
毎日さまざまな民族の人と顔を合わせ、あいさつをしたり話をしたり、自宅に招いて食事を楽しむことが多文化共生のカギになっている。

シンガポールでは政府が強い権限を持っていて、国家による強制的な政策によって民族融和が進められ、多文化共生社会が成立している。
かつてのラッフルズ・ホテルのように、特定の民族を優遇するような差別的な対応をすると、シンガポールは破滅する。

 

 

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2 件のコメント

  • > シンガポールでは政府が強い権限を持っていて、国家による強制的な政策によって民族融和が進められ、多文化共生社会が成立している。

    私は、シンガポールにも、米国の北部・南部や南欧にも滞在経験があります(滞在期間は長短色々です)。その時の経験から考えると、本気で多民族多文化共生社会を成功させようとするならば、上記のようなシンガポールのやり方が最も効率的、と言うか、このやり方しかないのかもしれません。他方、国家の強制でなく、国民・住民の自由と良心に多くを任せている米国や欧州では今のところ成功に向かっているとは思えません、残念ながら。
    日本はこの先どうするのでしょう?

  • ドイツでは移民と住む地区がはっきりと分かれていて、その地域の学校ではドイツ語ではなく、移民の母国語で授業が行われていることもあるそうです。
    シンガポールのように強制的に共生を進めることは有効ですが、日本などの民主主義国家では無理でしょうね。

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    今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。 また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。