「アジアの光」日本② アジアの歴史教科書から見た日露戦争

 

始めの一言

「それまでは、ヨーロッパは無敵であり、反抗不可能なものと認識されていた。彼らは途方もなく強く、優秀で、賢かった。われわれは、空に太陽と月と星が存在するかぎりは、イギリス人はマレーシアを支配し続けるだろうと考えていた。

しかし、そのイギリス人が粗悪品の代表と思われていた日本に負けたのである。この事実はわれわれの認識を百八十度変えた。ヨーロッパも、負けるのである。
(マハティール・モハメド 昭和)」「日本賛辞の至言33撰 ごま書房」

 

マハティール・ビン・モハマド

((Mahathir bin Mohamad、1925年7月10日/12月20日 – )は、マレーシアの政治家、医師。マレーシア第4代首相。マレーシアの首相の中では最長の22年間を務めた。

開業医から政治家に転じ、欧米諸国ではなく、日本の経済成長を見習おうというルックイースト政策をはじめ、長期に及ぶ強力なリーダーシップにより、マレーシアの国力を飛躍的に増大させた。
(ウィキペディア)

mahathir_mohamad_addressing_the_united_nations_general_assembly_september_25_2003

マハティール・ビン・モハマド(ウィキペディア)

 

*前回の続き

こうした危機感がアジア全土を覆い尽くそうとしていたとき、世界中の人を驚かすような出来事が立て続けに二回起きた。

 一つ目は、日露戦争中の、日本海海戦での日本の勝利だ。このとき、東郷平八郎(とうごうへいはちろう)が率いる日本の連合艦隊がロシアのバルチック艦隊に、これ以上のない勝利を収めてる。

 

 ウィルソンというイギリスの海軍研究家は、こう書いている。

なんと偉大な勝利であろう。自分は陸戦においても海戦においても歴史上このような完全な勝利というものをみたことがない

(坂の上の雲 司馬遼太郎)

それに続く二つ目の出来事は、日露戦争で日本がロシアに勝利したこと。

1905年、「日本がロシアに勝利した」という知らせが世界に伝わる。


日露戦争の日本の勝利を、インドネシアの高校の歴史教科書「インドネシアの歴史(明石書店)」では、こう記述している。

日本のロシアに対する勝利は、アジア民族に政治的自覚をもたらすとともに、アジア諸民族を西洋帝国主義に抵抗すべく立ち上がらせ、各地で独立を取り戻すための民族運動が起きた

 さらに、こう続けている。

インド、フィリピンでは、日本の近代化のあと民族運動がいっそう活発になった。太陽の国が、いまだ闇の中にいたアジアに明るい光を与えたのである

IMG_5675

前の記事で書いたけど、それまでは中国の太平天国の乱やインド大反乱など、アジアの二つの大国が西洋への抵抗をこころみていた。
でも、ことごとく失敗している。


これにより、アジアには重い暗雲が垂れ込めていた。

アジアの各地の人びとに大きな危機感をいだかせた(世界史用語集)

そうした中だったからこそ、「同じアジア人の勝利」が「アジアに明るい光を与えた」となった。


これが、一人の政治家や歴史家の発言ならば、ただの「個人的見解」に過ぎない。
でも、インドネシアの歴史教科書の記述であれば、「国としての認識」とみていい。

 

13767220_10153733561403240_2953993253982211756_o

 

言うまでもなく、戦争では多くの人命が奪われてしまう。


日露戦争が起きたとき、「エセル・ハワード」というイギリス人が日本にいて記録を残している。
「かわいそうな兵隊たち」を目にしたという彼女の記録から、日露戦争の様子が見えてくる。

 

以下は、エセル・ハワードが日露戦争で負傷した兵隊がいる赤十字病院を訪れたときのもの。

ある赤十字病院への訪問で非常に印象的だったのは、花に対する愛情が万国共通であるということだった。戦争中に満州から送還された兵隊の多くはひどい凍傷に罹(かか)っていた。これらのかわいそうな人たちを収容した病棟に、ある婦人が花束を持って出かけた。兵隊たちがその花をどんなに喜んだか、けっして忘れられないと彼女は言った。


彼らの大部分は指がなく、その中の何人かは手の代わりに義手をつけていたが、自分たちの苦痛のことは何も考えていないように見えた。
彼らがひたすら考えたのは、この婦人客が彼の指のない手でも持てるように、小さな花をしっかりうまく持たせてくれるかどうかだけだった。
全員に花を配り終えて病棟の中を見回すと、どの患者の顔も喜びに輝き、まるで話しかけるかのように花を見つめていた。

(明治日本記録 講談社現代文庫)

日露戦争では、負傷者だけではなく多くの死者を出した。


確かに日本の勝利は、「アジアの光」となったかもしれないが、そのためには、多くの光も失われることにもなった。

 

 

 

こちらの記事も、いかかですか?

イギリス人が見た日本・日本が世界の歴史で初めてした誇っていいこと

世界よ、これが明治日本の正義感だ! マリアルス号事件・人種差別撤廃

海外から見た日本の特徴 「世界八大文明」の一つ。

日本はどんな国? 在日外国人から見たいろんな日本 「目次」

明治、日本人はカレーにカエルを入れていた。日本と世界の食文化。

 

 

 

コメントを残す

ABOUTこの記事をかいた人

今まで、東南アジア、中東、西アフリカに旅をしてきました。外国に行って初めて気がつく日本の良さや特長があります。以前、歴史を教えていたので、その経験もいかして、日本や世界の歴史や文化などをテーマに、「読んでタメになる」ようなブログを目指します。