旅⑳最後の晩餐:中国のラストエンペラー溥儀とチキンラーメン

 

今はまだセントレア空港にいる。

列にならんでいるときに知りあった中国人のおかげで、楽しく時間をすごすことができた。
中国人の目からみた「中国人がルールを守らない理由」は、なかなかおもしろい。

「てるみくらぶ」にはお願いしていなかったから、大連行きのチケットはすぐにもらうことができた。

「会社が倒産したから、帰りは自分で帰ってくるように」
こんなことになったらしゃれにならない。

今ままでに、いろいろなバックパッカーから旅のトラブルを聞いたことがあるけれど、このトラブルは最高クラスにはいる。

 

 

飛行機のチケットを手に入れた。

さて、次はどうしよう?

飛行機の出発にはまだ時間がある。
もちろん、このまま搭乗ゲートに向かってもいい。

海外の空港なら、乗り遅れたら困るからセーフティファーストを考えてとっとと搭乗ゲートに行っている。
でもセントレア空港なら何度も利用したことがあるし、今は乗客がメチャクチャいるわけでもない。

ということで、最後の晩餐(ばんさん)を楽しむことにした。

 

情けないことを言ってるんじゃない。

 

「最後の晩餐」とは、キリストが処刑される前日にとった夕食のこと。

最後の晩餐

最後の晩餐(さいごのばんさん)は、キリスト教の新約聖書に記述されているキリストの事跡の一つ。イエス・キリストが処刑される前夜、十二使徒と共に摂った夕食、またその夕食の席で起こったことをいう。

(ウィキペディア)

 

最後の晩餐の様子(ウィキペディアから)

 

キリストとはちがって、ボクの最後の晩餐は大したことじゃない。
飛行機に乗る前に日本で食事をしよう、というだけ。

「飛行機が落ちて、それがこの世で最後の食事だった」なんてなったら、しゃれにならないけど。

 

さて、日本での最後の晩餐はなににしよう?

やっぱり日本食だな。
それもなるべく日本的で、できるだけ安いものがいい。

ということで、おにぎりに決定。

さいわい、セントレア空港にはコンビニがある。
飛行機のチケットをポーチに入れて、最後の晩餐を買いに行く。

 

 

「この世で最後の食事」という言葉を見ると、この人を思いだす。

中国最後の皇帝「溥儀(ふぎ)」。

 

右にいる子どもがラストエンペラーの宣統帝(溥儀)。
画像はウィキペディアから。

 

溥儀は1911年の辛亥(しんがい)革命で皇帝を退位している。
でも1934年には、満州国の皇帝に返り咲いた。

かえり‐ざ・く【返り咲く】

一度引退した者や、勢力・地位などの衰えていた者が、再び以前の状態に戻る。「再び当選して政界に―・く」

デジタル大辞泉の解説

 

その後囚人となって、最終的には中華人民共和国の一国民として生涯を終えた。

その人生は「ラストエンペラー」という映画でえがかれている。
この映画が好きだから、個人的にこの溥儀という人物には思い入れがあった。

 

溥儀が住んでいた北京の紫禁城

 

ラストエンペラーの溥儀がこの世で最後に食べたかった物はなんだったのか?

それはチキンラーメン。

既に末期状態だった彼は治療のかいもなく1967年10月17日に死去した。死の間際に所望したのは晩年の好物だったチキンラーメンだった。

(ウィキペディア)

 

チキンラーメンなら、今でも近所のスーパーで売っている。

皇帝として、人が食べることができる最高の食事をしてきたはずなのに、最後にのぞんだのはチキンラーメンだった。

これは本当に意外で、強く印象に残っている。

 

溥儀が泊まったこともある大連の大和ホテル。

 

中国の一人っ子政策のもとに生まれたわがままな子どもは、「小皇帝」とよばれていた。
現代の小皇帝なら、チキンラーメンじゃきっと満足しない。

 

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今まで、東南アジア、中東、西アフリカに旅をしてきました。外国に行って初めて気がつく日本の良さや特長があります。以前、歴史を教えていたので、その経験もいかして、日本や世界の歴史や文化などをテーマに、「読んでタメになる」ようなブログを目指します。