日本がオランダから解放し、インドネシア語を公用語にした。

 

夏休みにインドを旅行すると、「日本とは正反対の日」がある。

それが8月15日。
日本でこの日は終戦記念日になる。
太平洋戦争で亡くなった人たちのことを思って黙とうをする。
甲子園でも黙とうをおこなう。

 

でも、インドではお祝いの日。
なぜなら、インドにとって8月15日は独立記念日になるから。

インド独立記念日

インドの祝日。8月15日。1947年、イギリスから独立した日。

デジタル大辞泉プラスの解説

この日にインドが成立した。
インドにとって、もっとも大切な祝日といっていいだろう。
だから、人々もお祭りムードになる。

終戦記念日の日本とちがって、インドでは街のいろいろなところに国旗がはためいていて、人々もうれしそう。

 

 

インドが独立することできた理由はなにか?

これには、いろいろな理由がある。
その大きな理由のひとつに、英語が共通語になったということがある。

インドはとても広く、たくさんの言葉がある。
出身地によって話す言葉がちがっていたため、インド人同士でも会話をすることがむずかしいことがあった。

それを可能にしたのが、イギリスがもたらした英語になる。
英語によって、インド人はコミュニケーションをとることができるようになった。

そのことがインド独立の理由にもなる。

インド人の歴史家がこう書いている。

英語はこの点で重要な役割をはたした。英語は近代思想を運ぶ媒体となり、そして母語を異にする教育を受けたインド人相互の、コミュニケーションと意見の交換のための手段となった。

「近代インドの歴史 ビパン チャンドラ (山川出版社)」

この地図を見ると、インドは東西ヨーロッパと同じぐらいの大きさだとわかる。

 

これと似たことがインドネシアにもある。

インドネシアはかつて、オランダの植民地として支配されていた。

日本軍がオランダ軍と戦ってこれを降伏させる。
そのことでインドネシアは、約300年間のオランダの支配から解放された。

そして1945年8月17日に独立する。

インドネシア独立記念日

インドネシアの祝日。8月17日。1945年、オランダからの独立を宣言した日。

デジタル大辞泉プラスの解説

インドネシアでも、出身地によって言葉がちがっていた。
そのため、インドネシア人の間でもコミュニケーションを取ることがむずかしかったという。

でもインドネシア語が公用語となることで、その状況が変わった。

 

首都ジャカルタと東京を重ねてみた。

 

日本に住んでたインドネシア人がそのことを教えてくれた。

インドネシア語というよび方がうまれたのは、そう古くはない。
1928年、オランダの支配下にあったときに誕生している。

インドネシア語

言語学的にはマレー語で、オーストロネシア語族インドネシア語派に属する。それまでのマレー語から初めて「インドネシア語(バハサ・インドネシア)」と呼ばれたのは、1928年に全国からジャカルタに集まった青年らの会議。

唯一の祖国、民族、言語はインドネシアにほかならないとする「青年の誓い」が採択された。

朝日新聞掲載「キーワード」の解説

でもこのときインドネシアを支配していたのはオランダ人は、このインドネシア語を認めなかったという。

インドネシア語が公用語になったのは、日本軍がインドネシアをオランダの支配から解放させた後のことだった。
日本軍がインドネシア語を公用語にしている。

インドネシアの歴史教科書でも、このことを好意的に書いている。

インドネシアにおける肯定的な面もあった。たとえば多くの点でインドネシア化が進んだ。とりわけインドネシア語が公用語となり名称がインドネシア語化され、政府高官の職務がインドネシア人に担当されるようになった、などである

「インドネシアの歴史教科書 明石書店」

ボクはインドネシア人から話を聞いて、初めてこのことを知った。

 

 

このあと、日本はアメリカに降伏して戦争は終わる。

するとまた、オランダがインドネシアを支配しようと戻ってきた。

でもこのときは、インドネシア人と日本人がオランダと戦ってインドネシアの独立を守っている。

先ほどのインドネシア人は、インドネシア語が公用語になっていたことはこの偉業に関係していると話していた。
インドネシア語がインドネシアの人たちをつないで、強大なオランダ軍を打ちまかすことがきた。

インドネシア語の公用語化は、インドネシアの歴史教科書にものっている。
このことは、日本人としておぼえておいてもいい。

 

 

おまけ

今でも日本とインドネシアの関係はともて良い。

インドネシアにある日本大使館のホームページにはこうかいてある。

インドネシアにとって日本は最大の援助国であり、日本はインドネシアに対しこれまで累計で295億米ドルの支援を行っています(2006年までの累計)。

また、日本にとってもインドネシアは最大規模の援助の供与相手国となっています。このような状況の背景には、インドネシアと日本が過去半世紀にわたって友好関係を維持し、互いに重要なパートナーであることがあります。

「日本のインドネシアに対する経済協力の歴史」

もうひとつおまけ。

当時の日本へのひとつの見方。

 

これは、いろいろある見方の1つというだけ。

インパール作戦では、言葉にならないほど悲惨(ひさん)なことが起きている。

日本の負の歴史:ビルマ(ミャンマー)のインパール作戦と白骨街道

 

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今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。 また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。