今回のテーマは「タイ」なので、まずはタイの命名文化を紹介しよう。
ほとんどのタイ人はニックネーム(チューレン)をもっている。その種類はさまざまで、コイ(小指)、チャーン(象)、ムー(豚)などのタイ語や、バンク(銀行)、ボーナス、チョコなど、英語を元にしたチューレンもある。
タイでは学校や職場でも相手をチューレンで呼ぶから、友人でも本名を知らないことは「あるある」だ。ちなみに、タイ初の女性首相インラックのチューレンは「プー(蟹)」だ。
今回の登場人物は、30代のタイ人女性で、ここでは「ケーキ」というチューレンで呼ぶことにする。ケーキさんは日本の大学を卒業した後、タイに帰国し、その後アメリカに引っ越して、現在は専業主婦として夫と子どもと一緒にミシガン州で暮らしている。
そんなケーキさんとの会話がこちら。
ーー今年、アメリカの大統領がトランプさんになったけど、知り合いのアメリカ人、特に黒人やヒスパニック系の白人じゃないアメリカ人は文句を言っている。ケーキはどう思う?
バイデンさんのほうが良かったけど、今のトランプ大統領もそんなに嫌いじゃない。
ーーおっ、それはかなり意外。トランプ大統領のどんなところが支持できるの?
正確に言うと、政治のことはよくわかんない。もともと政治に関心がないから、誰が大統領になってもどーでもいいって思ってるの。
ーーでも、「白人じゃないと、いつアメリカから追い出されるかわからない」って恐怖はない?
その時はその時よ。タイに戻っても何とかなる!
ーーその前向きで楽天的な考え方は、タイ人気質の「マイペンライ(問題ない、大丈夫)」だね。
タイにいたときから、汚職だらけの政治家を信じられなくて、自分の生活は自分の努力で築くべきだと思ってたから、もともと政治に関心がなかったの。
ーータイの政治は汚職がひどいんだってね。政治家はワイロをもらって大儲けしてるから、軍がクーデターを起こして政権を倒しても、市民からは一定の支持を得ていると聞いた。
そうなのよ。ちなみに、タイでは警察も信用できない。それに、いま住んでいる州は「スイング・ステート」で、周りに政治に関心がある人がいないの。
※アメリカでは州と政治的傾向がリンクしていて、共和党と民主党の支持率の高い州がわりとハッキリ分かれている。政党の支持率が同じぐらいで、大統領選挙のたびに勝利する政党が変わる州を「スイング・ステート」(揺れ動く州、激戦州)という。
ミシガン州はそんな州のひとつ。
ーータイで政治不信になって、ミシガン州では政治に無関心でいるから、もう自分には政治は関係ないと。
もちろんゼロじゃないけど、大統領になる政治家は共和党でも民主党でもどっちでもいいかなって。
ーーほとんどゼロじゃん。

タイで人気上昇中の和牛
でも残念なことに、タイで出回っているのは日本の牛ではなく、タイで育てられたワギュウが多い。
ーー子どもはアメリカで生まれたんだよね? チューレンはつけた?
それね〜、結局つけなかったけど、けっこう迷ったのよ。わたしと夫の両親は「タイの伝統だからチューレンをつけろ」ってうるさかった。タイの文化圏にいたらそれでもいいけど、いまはアメリカに住んでいるし、子どもたちは国際化の時代を生きているから、ニックネームはつけないことにした。
ーー外国にいると、民族的なアイデンティティーが揺らぐことがあるよね。
まぁ、そこまで大きなことじゃないけど。学校で、先生にニックネームを呼んでもらうのはどうかと思ったし、それに最近の変わったニックネームをつける風潮も好きじゃない。ポルシェ、ベンツ、ビッグマック、インターネット、グーグルってニックネームはどうなの?
ーー日本で言うなら、「光宙(ぴかちゅう)」とか「今鹿(なうしか)」みたいなキラキラネームか。どこの国にも、そういうアクロバティックな名前をつける親はいるんだ。
ーー日本に住んでいたタイ人の知り合いは、時間に遅れるしドタキャンすることは多いし、かなりテキトーだった。でも、そんなヤツでもアパートの部屋の高いところに仏像を置いて、毎日お供え物をして拝んでいた。「仏教徒」って要素はタイ人のアイデンティティーに関わると思う。
ケーキはアメリカで生活していて、仏教徒らしいことはしてる?
私は熱心な信者じゃなくて、家に仏像を置いていないし、今は特に何もしていない。前はミシガン州のお寺にタイ人のお坊さんがいて、その人は知識があって尊敬できたから、たまにそのお寺に行ってた。でも、そのお坊さんは「ミシガンは寒いから嫌だ」と言って、フロリダ州に行っちゃった。
ーーすがすがしいほどタイ人らしい行動だ。でも、仏教僧としてはどうなんだろ。入社して、3ヶ月後に「モームリ」に連絡する新入社員みたいなメンタル。
いまは代わりに白人のお坊さんがいるけど、彼はタバコを吸うし、あまり深い知識もないから、そのお寺にはもう行ってない。そこまで車で1時間30分ぐらいかかるし、冬になると雪が降るし。
ーーじゃあ、ケーキの生活はもう仏教とは関係ない?
そうでもないかな。困った人がいたら助けるようにしてるし、定期的に寄付もしているから、それが「タンブン(善行をして功徳を積む)」になってる。
ーーそれはそれで立派な仏教徒だ。アメリカに住んでいても、タイ人らしさをしっかりキープしているんだ。

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