「安物買いの銭失い」は万国共通の教訓
少しでもトクをしようとしたから、ソンをしたーー。
そんなことは日本で大昔からあって、「安物買いの銭失い」「安かろう悪かろう」「安物は高物」などと、同じ意味のさまざまなことわざが生まれた。
英語でも「You get what you pay for(払った分だけの価値しか得られない)」という言葉があるように、値段以上の価値を求めるのは人類の本能だ。
今、インドネシアはきっとそれを実感している。

インドネシア人が驚いた、日本の無人販売所
数年前、日本に住んでいたインドネシア人2人とハイキングをしていると、彼らは途中で「不思議なモノ」を見つけた。
道端に小さな木箱があって、たくさんの野菜や果物が並べられているが、店員はいないし監視カメラもない。
客は代金を入れて商品を持って行く。日本でよくある「無人販売所」が彼らの常識では理解できなかったから、笑いながらこう言った。
「インドネシアでこれをやったら、結果は2つしかありません。野菜と代金がすべて無くなるか、木材まで盗まれるかのどちらかです」
2人が日本の社会について、本当に素晴らしいと感じるのは性善説にもとづく高い信頼性があることだ。
ウソをつかないし、ズルもしない。約束したことは必ず守る。インドネシアでは、赤の他人にそうした誠意を求めるのは自殺行為で、「無人販売所」は成立しないという。
2人は日本をよく知っていたから、ジャカルタで進んでいたある巨大プロジェクトに不安を感じていた。それは、日本と中国が激しい受注合戦を繰り広げていた「インドネシア高速鉄道」の計画だ。
効率とコストの裏側に隠れた「懸念」
外国人が新幹線に乗ると、清潔さと正確性、それと快適性に感心することが多い。日本は2000年代から、インドネシアに対し、自慢の新幹線の輸出をもちかけていた。
インドネシア側もその気になっていたから、日本の案が受け入れられるかと思われたが、とつぜん中国が現れ、高速鉄道の輸出をもちかけた。インドネシアは、日本の案は費用がかかりすぎると言い出し、2015年に中国をパートナーに選ぶ(インドネシア高速鉄道)。
日本の関係者としては、孔明の「埋伏の計」にしてやられたような気分だったのでは。
中国が出した案は日本と違って、インドネシア政府による財政支出を求めないもので、リスクは中国が引き受けるという「男前の条件」だった。もちろん、建設費も日本より安い。
日本は数年という長い時間と多額の予算をかけて、地質調査や需要予測などをおこなったが、「調査だけさせられて、果実を他国に持っていかれた」という苦い経験となった。
インドネシア側が比較検討のために、日本の調査結果を中国に見せたという疑いもある。
「安さ」の代償と狂い始めた歯車
先ほどのインドネシア人は、条件付きで中国案に賛成していた。日本の新幹線のような高コストで高品質のものより、低予算でそこそこの性能の高速鉄道のほうがインドネシアには合っていると考えたからだ。
しかしそれは、「インドネシア政府に財政負担をかけない」という約束が守られることが前提だ。常識的に考えてこれは破格の条件だったから、2人はこの決定に嫌な予感を感じていた。
2026年2月現在、彼らの不安は的中することとなった。建設段階から、さまざまな理由で工事の遅延が相次ぎ、建設費は当初の予定を大幅に超えてしまう。
インドネシア側は日本に協力を求める意向を示したが、「中国の高速鉄道プロジェクトに責任を持つことはできない」と却下された。
途中から日本の技術を採用すると、問題が発生する可能性が高くなる。日本としては面倒な事態に巻き込まれるのはゴメンだから、この判断は当然だ。
夢の鉄道が「走る火の車」に
「紆余曲折」「二転三転」「悪戦苦闘」したものの、何とか完成にこぎつけて高速鉄道の運行を開始したところ、期待と現実にはとんでもなく大きな差があったことが判明する。
中国側は乗客数を1日あたり5万〜7万6000人ほど予測していたが、実際には、平日で1万7000人、週末でも2万人ほどしかいなかった。
これでは、採算が取れる水準に達していない。そのため、今では鉄道を動かすたびに、経営危機が深刻化するという悪夢のような状態になっている。そして、当初の予定と異なり、インドネシア政府が国家予算を出すこととなったと、日本経済新聞が報じた(2026年2月12日)。
「走るほど赤字」インドネシア高速鉄道、国費投入へ 中国案の前提覆る
インドネシア政府は中国への債務返済のため、年間約110億円を支払うことを決めたという。もはや「走る火の車」だ。
信頼される「日本ブランド」
日本の目に見えない財産は「誠実さ」だ。とくに東南アジアで、日本は絶大な信頼を得ている。
シンガポールの研究所が東南アジア各国を対象に、毎年おこなっている「東南アジアの現状(The State of Southeast Asia)」調査で、日本は2019年の調査開始から、7年連続で「最も信頼できる主要国」の1位に選ばれている。
それも圧倒的だ。
最新データ(2025年版)によると、ASEAN全体で日本を「信頼できる」と答えた割合は66.8%に達しており、2位のEU(51.9%)、3位のアメリカ(47.2%)を大きく引き離している。
ちなみに、4位が中国(36.6%)で5位はインド(35.3%)だ。
このデータの根本にあるものは、日本の道端にある無人販売所が成立しているのと同じ「厳格なルール遵守と相互信頼」だろう。
「安さ」のツケ
日本の提案は中国ほど「甘い言葉」は並べていなかったが、高い確実性と安全があった。現在、ジャカルタ市内を走る地下鉄(MRT)は日本が支援して建設されたが、こちらは定時運行や清潔な車内、そして健全な経営によって市民から絶大な支持を得ている。
インドネシア政府が「安さ」よりも「信頼」を選んでいたら、「走るほど赤字」という地獄は生まれていなかっただろう。

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