日本とインドネシア③PETA(義勇軍)と独立戦争で共に戦った日本人

 

最近知ったこと。

インドネシアの男性が「世界一タバコを吸う人たちだった」ということ。
「じゃかナビ」の記事(2017/01/04)

2016年WHOが発表した男女別喫煙率の国別統計で、インドネシア男性の喫煙率が76.2%で世界1位とのデータも示す通り喫煙者は多く、路上の売り子による販売や屋台ではタバコはばら売りで1本から買えるとのことなので、気軽に手に取りやすい環境でもあるのでしょう、街の至る所でこのタバコの香りが漂ってきます。

「インドネシアお酒事情・タバコ事情」

今回の記事はこんなインドネシアで70年ほど前にあったこと。

 

 

日本とインドネシアの関係について、前回はインドネシアの独立宣言で「皇紀」が使われたことを書いた。
今回は「PETA(郷土防衛義勇軍)」というものを紹介したい。

PETA(ペタ)とは、Tentara Pembela Tanah Airというインドネシア語の略で、「郷土防衛義勇軍(きょうど ぼうえい ぎゆうぐん」と訳される。
1943年に日本軍がインドネシア(ジャワ)で結成した軍事組織のこと。

これには日本とインドネシアのそれぞれの側に目的があった。

日本としては戦争で兵員がなくなってしまったから、インドネシア人に日本式の軍事訓練をおこなって兵士に育て、日本軍とともに連合軍と戦ってもらおうと考えた。
インドネシアはこのとき、オランダがインドネシアを支配するためにもう一度戻ってくるだとろうと考えていた。
そのオランダ軍と戦って祖国を守るためには、インドネシア人でつくられた軍隊が絶対に必要になる。

目的は違うけれど、日本とインドネシアの間で「インドネシア人による軍隊が必要である」という思いが一致した。
それでインドネシア人による部隊「ペタ(郷土防衛義勇軍)」がつくられることになった。

日本人は教官という立場になる。

訓練はすべて日本軍の歩兵操典を基準にしておこなわれた。訓練はきびしく、訓練兵のなかには病気になったり死亡したりする例もあった。

軍事訓練とともに重視されたのは精神教育であり、そこでは日本軍の軍人勅諭が用いられ、祖国のための自己犠牲の尊さ、闘う勇気などについて、インドネシア人青年は徹底的に教え込まれた。

(ウィキペディア)

 

インドネシア人で構成されたペタはできたけど、結局日本は戦争に負けてしまう。
そしてインドネシアが予想したように、オランダが再びインドネシアにやってきた。
またインドネシアを支配するために。

このときインドネシアの独立を守るために、オランダと戦ったのが日本から軍事訓練を受けたペタのインドネシア人だった。

オランダに代わってやってきた日本軍は、近い将来のインドネシア独立に備えて、インドネシア人に独立への気概を施しました。その最たるものが、三万八千人のペタ(義勇軍)の中核となるエリートたちに対する厳しい訓練でした。

オランダ軍は、抵抗するインドネシア人を、圧倒的な武力で屈伏させようとしました。

しかし、日本軍から譲り受けたり奪ったりした武器をもったペタは、市民の先頭に立って、勇敢に戦いました。日本軍籍を離れた日本兵もペタととも戦いました。

「教科書が教えない東南アジア 扶桑社」

 

この戦いは「インドネシア独立戦争」と呼ばれている。
このときインドネシア人は、「独立か死か」を合言葉にして戦った。

一九四五年(昭和二十年)七月に、日本がインドネシア独立を承認したのを受け、敗戦後の八月十七日、インドネシアは独立宣言をしました。
その後、オランダとの間に独立維持のための戦争が始まりました。
元日本兵約千人も帰国せず、アジア解放のために参戦しました。

「教科書が教えない歴史3 産経新聞社」

 

このインドネシア独立戦争では、多くの日本人がインドネシア人とともにオランダと戦っている。
そして多くの日本人が命を落とした。

インドネシアのボゴールにあるPETA記念館のサイトを開くと、当時の様子を見ることができる。

 

おまけ

前回「鎖国」と書いたけど、鎖国という言葉はもうすぐ消えてしまうってことを知ってましたか?
2月14日の産経新聞の記事から。

文部科学省が14日、公表した小中学校の次期学習指導要領の改定案。社会科では、教科書の歴史用語が学術研究を踏まえて変更され、江戸時代の「鎖国」の表記が消える。

【次期学習指導要領】「鎖国」表記消える 新たに「ムスリム商人」 歴史教育もグローバル対応

 

そしてグローバル化に対応して、大航海時代に関連して「ムスリム商人の役割」が盛り込まれた。
中学校の歴史教科書で「ムスリム」という言葉が登場するとは!
ムスリムとは「イスラーム教徒」のこと。

ちなみに、「いたの?いなかったの?」といろいろ話題の「聖徳太子」は、「厩戸王(うまやどのおう)」と併記されることになった。
「聖徳太子」という名前は死んでからつけられた名前だから。

 

 

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今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。 また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。