インド人を日本のお寺へ②ヒンドゥー教徒も使う卍の意味とは


 

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「ミザリー・インデックス(悲惨指数)」って言葉を知ってる?
これは、国民の経済的な苦痛の大きさをあらわすというものらしい。

この記事を読んで初めて知った。

サーチナ(2017-01-19)から。

世界の「悲惨指数」、中国はワースト2位、圧倒的なワースト1位は・・・=中国報道
世界の59カ国を対象とした悲惨指数ランキングを発表したことを伝え、中国はワースト2位、日本はワースト1位だったと紹介した。

 

「悲惨指数ランキング」とだから、ワースト1位というのはもっとも「国民の経済的苦痛」が小さいということ。

単純に考えれば、日本人は「経済的に苦しい~」と思っているけど、外国に住んでいる人たちはもっと苦しい思いをしているってことでしょ。
でも日本はともかくとして、2位の中国が謎。

 

もっとも「国民の経済的苦痛」が大きいのが、ベネズエラ。
その後には、2位のアルゼンチンと3位のブラジルが続いている。
生活が苦しいランキングの1~3位は南米の国ばっかだ。
まあ、わかる気がする。

 

これはインド。

 

この前、日本で働いているインド2人とお寺に行ってきました~。
の続き。

このお寺のなかに、こんな絵があった。
なんとなく、江戸時代の船っぽい。

インド人の彼らが興味を示したのは、ここに描かれている「卍」。

 

 

改めて、「卍」ってどんなものかご存知です?

大辞泉を見てみると、「仏の胸など体に現れた吉祥の印」とある。

この吉祥(きちじょう)とは「めでたい兆し」のこと。
英語の辞書で吉祥をひくと、「good」「happy」「lucky」などの言葉が出て来る。
だから、卍はとても良い意味。
仏教のシンボルなんだから、悪い意味のはずがないけど。

 

外国人をお寺に連れて行くと、ときどき卍を「ナチスのかぎ十字」と間違ってしまう人がいる。
そういうときは、「卍は、good、happy、luckyの意味があって、ナチスのかぎ十字とはまったく反対のものなんです」と説明する。

これとは、まったく違うのに。

 

ちなみに、卍はマークではなくて漢字。
「十」を部首とする六画の立派な漢字になる。

この卍から、一万円の「万」という漢字が生まれたという説がある。

 

これは韓国のお寺。
韓国でも卍は、仏教のシンボル。

 

昔の日本で、船に卍が描かれていたことは知らなかった。

「これは、事故にあわないようにするお守りだと思う」
とボクが言うと、「いや、それは違うと思いまよ」とインド人に否定された。

なんだと?

 

彼らヒンドゥー教徒も、卍をよく知っている。
そもそも卍はインドで生まれたものだから。
それが中国へ伝わって、日本に来た。

今もヒンドゥー教のシンボルとして、卍が使われている。

このときのインド人は、卍を「ソワスティカ」と呼んでいた。
正確な発音は知らないけど、ボクの耳に聞こえた音をカタカナにしたら「ソワスティカ」になる。
イギリス人も「ソワスティカ」と言っていたから、外国人にはこれで通じるはず。

 

インドの卍(ソワスティカ)意味は、日本と同じで「Good Luck」という。
インド人は、車やバイクといった乗り物にこの卍を描いている。

 

たとえば、こんな感じ。

 

インド人の話では、乗り物に描く卍(ソワスティカ)は、事故を避ける魔除けというより「幸運があるように」と福を招く意味のほうが強いらしい。

だからこの清見寺にあった船の卍も、事故を避ける意味もあると思うけど、それ以上に幸運を招いたり、商売繁盛を願ったりしたものだろう。
インド人は、そんなことを話していた。

 

江戸時代の日本人が、どんな考えでこの卍を船に描いていたのかはよくわからない。
でも、江戸時代の卍に対する感覚や理解は、今の日本人よりインド人のほうが近いかもしれない。

 

よく店の看板にも卍が描いてある。
これは、千客万来、商売繁盛の意味。

 

この卍は、もともとはヴィシュヌ神の胸毛だという。

ヴィシュヌ神(ウィキペディア)

 

ヒンドゥー教の最高神には、ブラフマー(創造神)・ヴィシュヌ神(維持の神)・シヴァ(破壊神)の3柱がいる。

ヴィシュヌ神はその1柱。
ヴィシュヌ神はよく生まれ変わって、いろいろな姿で地上に現れる。
ヒンドゥー教によると、仏教を始めたシャカもヴィシュヌ神の9番目の生まれ代わりらしい。
でも、良い意味ではないけど。

 

このヴィシュヌ神の胸毛を表したものが、「卍」の始まりだという。

このとき一緒にいたインド人に聞いても、そうだと言う。
やっぱり、卍はもとは神様の胸毛なんだろう。

 

この卍も商売繁盛の願いをあらわしているのかな?

 

このとき清見寺で卍を見たインド人は、こんなことを言っていた。

「ヒンドゥー教と仏教は卍を使っている。兄弟の宗教なんだよ」

そうか、仏教とヒンドゥー教は兄弟だったのか。
確かに、母体は同じだ。

 

その言葉で思い出いしたことがある。
インドを旅行中に、ヒンドゥー教徒のインド人からこんなことを言われた。

「おまえは仏教徒か。なら、ヒンドゥー教徒のオレとフレンドだ。オレはムスリム(イスラーム教徒)よりおまえのほうに親しみを感じよ」

ムスリム(イスラーム教徒)のインド人よりも、日本人のボクのほうに親しみを感じる?
なんで同じインド国民よりも、外国人のほうが自分に近いと思うんだろう?

 

このことを彼らに聞いてみた。
すると、「う~ん」と考え込む。

「それがインドの大きな問題なんです。ヒンドゥー教徒とムスリム(イスラーム教徒)の仲は良くないんです。私はムスリムも同じインド人だと思ってますけど。でも、ムスリムが嫌いで、外国人でも仏教徒に親しみを感じるヒンドゥー教徒がいてもおかしくはないですね」

 

インドの大きな問題は、宗教の対立だという。
これは、ヒンドゥー教徒とイスラーム教徒のこと。

インド政府は、ヒンドゥー教やイスラーム教といった宗教の違いを越えて「同じインド国民」をつくりたいと思っているらしい。

そのために、政府はいろいろやっている。
たとえばインドの映画館では、映画が始まる前にインドの国歌が流れる。
そのときは、観客は立ち上がることになっている。

 

そうした愛国心を強めることをしているけれど、なかなかうまくいかないという。
「自分は誰か?」というアイデンティティーを、「インド国民」ではなくて、ヒンドゥー教徒やムスリムというところにもっていってしまう。

だから日本人であっても、インドで生まれた仏教を信じているのなら、イスラーム教徒よりもヒンドゥー教徒の自分に近いと考える人もでてくる。

宗教はもちろん大事にするけど、同時にインド国民という意識も育てないといけない。

これがインドの大きな課題だという。
これは日本にはない問題だ。

 

デワーリー(インドの正月)の写真。

 

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