こんな旅人が「キライ」です・ボクが尊敬する「バックパッカー」川口慧海

 

はじめの言葉

「語るに友なし折々聞ゆるは猛獣の声、ただその前面を流るる水の音と明月とが私の旅中の困難を慰めるという次第。(チベット旅行記一 川口慧海)」

 

ボクが尊敬する「バックパッカー」川口慧海(えかい)。

河口慧海

1866~1945 仏教学者・探検家。 1900年、密入国して日本人として初めてチベットのラサに入る。チベット仏教紹介は世界的な業績とされる。「日本史用語集 山川出版」

 

ボクがインドを旅行していたときは、複数の人が一部屋に泊まるドミトリーを利用していた。当然、同じ部屋の宿泊客は選べない。

その部屋に入ったとたん、「嫌な予感」はした。

ベッドの上には、日本人らしきおっさんが寝転んでいて、そのベッドの下には、コンロと鍋がある。
つまり、外食をしないで、ここで自炊をしているということだ。
こういう人は、まず間違いなく、インドの長期旅行者か滞在者だ。

 

その人の体は、痩(や)せていて、日焼けで真っ黒の肌をしている。
ひげは伸ばし放題で、茶色に汚れたTシャツに、短パンをはいて、ベッドで寝転がっている。

「うわ、ただ者じゃない。旅の達人に違いない!」 と、「思ってももらいたいオーラ」が全身から出ている。面倒くさそうでイヤだな。

「こんにちは」 と、ボクがあいさつしても、目を合わせて小さくうなづくだけ。
そして、指示を始める。

「ベッドは、そことそこが空いてる。日当たりがいいから、そっちにしなよ。それと、シャワー浴びるときも、貴重品はバッグに入れて鍵をかけるか、それも持ってシャワー室に入んな。この宿には、手くせが悪いヤツもいるから」
どうやら、このおっさんが、この雑居房のボスらしい。

 

 

旅先で出会う旅行者には、当然、自分と相性が良い人と悪い人がいる。

が、ボクが行ったインドでは、あまり相性の良い長期旅行者には出会わなかった。
そして、このときも、直感的に、「この人はダメな方だ」と分かった。

こういう人と話していると、いつの間にか、自慢されたり説教されたりしている。 荷物を置いたら、さっさと外に行くか。

 

 

そう思っていたら、早速目をつけられた。
ボクが持っていた「地球の歩き方」が原因だった。

「それ、『歩き方』だよね?そういうのを持ってインドを周るのは、『旅』じゃなくて『旅行』なんだよね」
あ、そういう話はいりません。

「『歩き方』って、情報古いし、役に立たないんだよね」

そうですか?
でも、あなたより役に立ってるかもしれませんよ。なんてね。

 

で、いろいろ話をしている(というか、一方的に聞かされている)うちに、話題は「ガンディー」になった。

「君さ、『ガンディー』ってどう思う?」

「世界史で習いましたけど、『サティヤーグラハ』っていう『非暴力・不服従運動』をして、インドを独立させた人ですよね。武器を使わないで、平和的に目的を達成したのは、すごいと思いますよ。今でも、ガンディーの考えは、世界中で支持されてますしね」

「それは、違うんだよね」

何で、こういう人は、人から意見を引き出しておいて、すぐにそれを否定するんだろう?

「ガンディーのやり方って、世界中から支持されているわけじゃないんだよね。あの時代のイギリスだから、通じたわけでね」

それは、前にインド人にも聞きました。

「日本では、ガンディーの『非暴力・不服従』という、日本人の価値観に合うところだけを取り出して、それ以外の部分は伝えないから、ガンディーが実際以上に『神格化』されてるんだよ。オレが会った日本人もガンディーを絶賛している人ばっかりでさ。実物大の『人間ガンディー』を知っている人は少ないんだよな」

つまり、「オレは、その数少ない日本人の一人」ってことですね。
そして、ここから自慢に入るわけですね。
やった、予感的中!

 

「それに、ガンディーのやり方は「絶対」じゃない。どんなときでも、どんな相手にでも成功するわけじゃないだろ?あのさあ、『非暴力・不服従運動』っていうやり方が、ヒトラーやポルポトにも通じたと思う?」

そんなことは、考えたことがなかった。
答えられん。

 

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「カンボジアのツーレスレン虐殺犯罪博物館(ウィキペディア)」

 

「でも、それはもう、起きてしまったことですよね。今から『どうだったか』を考えても仕方ないんじゃないですか?そのことから学んで、これからは、そんな悲劇を繰り返さないことが大事だと思いますよ」

「そうやって、論点をずらすから、ダメなんだよね。実際、あのときナチスからユダヤ人を救ったり、ポルポト派からカンボジア人を救ったりしたのは、連合軍やベトナム軍だっただろ?彼らの武力行使がなかったら、解決できなかったって。これが、現実ね。あのときの、ユダヤ人やカンボジア人が『非暴力・不服従運動』をしても、うまくいかなかったはず」

何で、こんな感じで決めつけたものの言い方をするのかな?とは思ったけど、この考えはどうだろうか?

イギリスのインド支配には、ガンディーの「サティヤグラハ(非暴力・不服従運動)」がうまくいったけど、ナチスやポルポトの支配でも、それは通じたのかな?

分からないことは、分からない。

結局、この長期旅行者の質問に答えられなかった。
さらに、この後は、退屈で「ありがたいお話」を聞かせられるハメになった。「そもそも、オレの旅は・・・」的な話だ。
今、進行形で、自分が迷惑をかけていることに、なぜ気付かない?

 

このとき聞いたおっさんの話はほとんど忘れてしまったが、この質問はその後も頭に残った。それで、自分なりに、調べて考えてみることにした。

やや、独善的で自分中心なおっさんだったけど、考えるきっかけをくれて、ありがとう。

 

ボクがインドを旅するきっかけの一つに、記事の冒頭で紹介した川口慧海の本を読んだことがある。

明治時代、日本人として初めてチベットに行ったというだけでも、間違いなく大冒険だ。
当然、慧海の冒険談を聞きたがる人がたくさんいた。

んな人たちに、慧海はこう思っていた。

「探検家としての資格においては、ほとんど欠如せるものなり。探検家として余を迎えられたる諸士に十分なる満足を供する能わざりしを、深く憾みとす。(チベット旅行記一 川口慧海)」

 

日本人でこれほどの冒険家は、他にそうはいない。
でも、本人は、「探検家としての資格は欠如している」と思っていて、話を聞く人たちを満足させられない自分を憾(うら)みに思っている。
こういう人柄がまたいい。

 

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今まで、東南アジア、中東、西アフリカなど27の国・地域に旅をしてきました。以前、中学生に歴史を教えていた経験もあります。 また、日本にいる外国人の友人も多いので、彼らの目から見た日本も知っています。 そうした経験をいかして、日本や世界の歴史・文化・宗教などをテーマに、「読んでタメになる」ブログを目指しています。