アフリカ人「フランスじゃなく、イギリスの植民地が良かったよ」

 

はじめの一言

「私たちにとって、悲惨な種類の貧困とは通常、怠惰と酒びたりとに結びついている。しかし、農民の間では、前者は知られていないし、後者はまれである。彼らの勤勉には限りがないし、安息日もなく、仕事がない時に休日をとるだけだ。
(イザベラ・バード 明治時代)」

「逝きし日の面影 平凡社」

 

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今回の内容

・フランスに支配されたオレたちは、運が悪いかった。
・イギリスとフランスの植民地政策

 

・フランスに支配されたオレたちは、運が悪かった。

西アフリカのマリという国を旅行したことがある。

 

 

そのとき、現地で会ったマリ人がこんな話をしてくれた。

「マリとかブルキナファソとか、フランスに植民地支配された国は発展が遅れているんだよ。フランスが支配していた国はダメだ。でも、ガーナやナイジェリアを見ろよ。発展しているだろ?イギリスの植民地だった国は、うまくやっているんだ。オレたちのマリも、フランスじゃなくてイギリスの植民地だったら良かったのにな」

「アフリカの国は、ヨーロッパのどこかにの支配されることがあたり前」といった話し方に違和感をもったけど、この考えがアフリカ人には常識なのかも。

彼は、もしマリ人がフランス語ではなくて英語を話せていたら、良い仕事を得るチャンスがたくさんあって失業率も今よりはマシだっただろう、と言っていた。

 

セネガルの中学校(小学校かな?)

 

このとき、彼が「フランスの植民地だった国がダメな証拠」として言っていたのは、現地で使っているお金。

セネガルやマリといったかつてフランスの植民地だった国では、「シーエフエーフラン」という通貨を使っている。
「フラン」とあるように、この通貨はフランスの通貨「フンラス・フラン」と深く関係がある。

そのマリ人の話では、西アフリカで使っているシーエフエーフランの信頼はフランス・フランに由来するという。
だから、フランス・フランの価値が下がると、シーエフエーフランの価値も下がってしまうらしい。
だから、フランスの経済状況が悪くなると、マリやブルキナファソの経済も悪くなってしまう。

これが彼から聞いた話。

ボクがマリを旅したときは、まだフランスがユーロを使う前のときだった。
それで、彼はこんな心配をしていた。

 

「フランスがフランをなくしてユーロを使い始めたら、シーエフエーフランがどうなってしまうか分からない。マリの経済にもどんな影響を与えるのかも。やっぱり、自国だけの独立した通貨を持てない国はダメなんだよ。でもマリには、まだそんな力がない」

 

このときの、彼の不安そうな表情が印象に残っている。
今ではどうなっているんだろう?

「フランスの植民地だったオレたちは、運が悪かったんだよ」

マリ人は、そう嘆いていた。

 

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ブルキナファソの靴屋

 

・イギリスとフランスの植民地政策

植民地にされたとしても「どこの国に支配されるか(宗主国:マスター・カントリー)」ということで、その後の国の発展が変わってくることはじゅうぶん考えられる。

アフリカでのイギリス統治はこのようなものだった。

一般的にイギリスの方式は間接統治とよばれ、統治の費用を節約するため白人行政官の数を減らし、かわってアフリカ人首長層を行政の末端に組み入れた。

(日本大百科全書(ニッポニカ)の解説)

 

イギリスの場合、現地のアフリカ人多くを政治に参加させているようだ。

「アフリカ人の近代政治への適応のための訓練を行った」ということで、アフリカ人が政治のやり方を学んだことは大きい。

この経験が独立後に、アフリカ人が自分たちの力だけで国を運営するときに活きたはず。

 

これに対してフランスの植民地統治は、このようなもの。

フランスの方式は同化政策とよばれ、フランス文化を植民地に普及し、アフリカ人を開化して同化吸収しようとするものであった。したがって、アフリカ人のなかでフランス文化を身につけた一部エリート(同化民)と、大多数の非同化民とが分けられ、同化民に対しては本国人と対等に扱った。

(日本大百科全書(ニッポニカ)の解説)

 

「同化政策」とあるから、「アフリカ人をフランス人にする」ということだろう。
実際、フランスの国会議員にはアフリカ人もいた。

でも、こうしたエリートはごく少数で、しかも彼らは母国よりフランスを選んでいたらしい。

 

それで思い出したことがある。
セネガルのアフリカ人からはこんな話を聞いた。

 

エリートのセネガル人は、高い教育を受けるためにフランスに留学する人が多い。
でも優秀なセネガル人ほど、セネガルには帰っては来なくなるという。
彼らはセネガルで生活するより、フランスやベルギーで暮らすことを選んでしまうから。

 

ヨーロッパで仕事をした場合、セネガルとは比べられないぐらいの収入を得られる。国の発展レベルも違う。
治安の良さや子どもに受けさせる教育を考えるなら、アフリカよりもヨーロッパの方が良いと考えるセネガル人はたくさんいるそうだ。
確かに生活の快適さでいえば、セネガルよりヨーロッパの方が高いだろう。

 

でも、セネガル人が母国に戻って来ない理由はそれだけではない。
「そうしたことより、この国の人間は愛国心が薄くて『自分だけ良ければいい』という利己的な考え方をしている人が多すぎるんだ」

これも、フランス植民地支配の負の遺産なのだろうか?

こんな話を聞くと、奈良時代の遣唐使たちはよく日本に戻ってきてくれたと思う。

 

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今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。 また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。