【非武装中立】ウクライナ人を激怒させた日本人の考え方

 

最近、ウクライナ大使館が日本のある国会議員の発言に対し、「絶対に受け入れられない」と抗議した。
これは、その議員が配信したユーチューブ動画で、

「北大西洋条約機構(NATO)の東方拡大がロシアの戦争を招いたと、ストルテンベルグ事務総長が認めた」
「日本はネオナチ政権の後ろにいる」

と間違った認識や情報に基づいて、一方的な主張をしたことが原因とみられる。
ウクライナに不利な虚偽情報を広めたら、ウクライナ側が怒るのはアタリマエだ。

 

これとは別に、まえにウクライナ人と会った際、一般の日本人で、それもやさしそうなおばあさんが言ったことに、許せないと思うほど腹が立ったという話を聞いた。
それは確かに、全ウクライナ人を激怒させるような内容だ。

そのウクライナ人は20代の女性で、日本語を話すことができ、浜松市内の店で接客のアルバイトをしていた。
ある日、店に年配の女性のお客さんがやってきた。
おばあさんが「あなた、どこから来たの?」とたずねると、彼女は「ウクライナです」と笑顔で答える。
すると、「戦争は早く終わってほしい」というおばあさんの言葉には彼女も完全同意だったけれど、その後の言葉を聞いて、一瞬、意味が分からなかった。

「ロシアもウクライナも両方とも悪い」

その女性の考えでは、戦争は絶対にやってはいけない悪で、それは1つの国だけで行うことはできない。
「目には目を歯には歯を」の考え方で、武力には武力で応えたから、戦争が始まってしまった。
それぞれ多少の違いはあっても、基本的には「どっちもどっち」で両国に責任がある。

「戦争だけは絶対にしてはいけない」というのは、気持ちとしては理解できるが、現実的にはそう単純ではない。
たとえば、韓国が北朝鮮の侵攻を受けた時、米軍や国連軍が味方して戦ったように、国連は戦争をできる限り防ぐ努力をするが、武力行使を否定していない。
現代の韓国人はこの祖国防衛戦争を正しいものだったと信じているし、戦って亡くなった軍人には深い敬意をはらっている。
これはインド人やアメリカ人も同じで、世界の常識だ。

侵略者と国を守るために戦う側を同等視し、「戦争をしたから両方とも悪い」と主張する考え方は国際的には通じない。
ウクライナ人からしたら、自由や領土、主権を守るために戦った自分たちと、国際法に違反し攻め込んできたロシアを「同じ」と見られることは耐えられない。
この一件は彼女にとって、日本で経験した最もショッキングで悲しい出来事になったという。

家に侵入した強盗に反撃し、ケガをさせたからといって、「暴力行為をしたおまえも悪い」と反省を求めるのはおかしい。
これを「どっちどっち」と公平に扱うのはとんでもない不公平だ。

 

 

日本では以前、「非武装中立」の考え方が支持された時期があった。

たとえば、非武装中立論を唱えた学者の森嶋通夫氏は1979年に、もし日本が武力を持たない状態でソ連に攻め込まれた場合、日本はどうするべきかと聞かれた際、彼はこう答えた。

「ソ連が攻めてきた時には自衛隊は毅然として、秩序整然と降伏するより他ない。徹底抗戦して玉砕して、その後に猛り狂うたソ連軍が殺到して惨澹たる戦後を迎えるより、秩序ある威厳に満ちた降伏をして、その代り政治的自決権を獲得する方が、ずっと賢明だと私は考える。」

その時は戦わず、すみやかに敵に降伏することが最適解ーー。
もし「戦争を絶対悪」と考えるなら、それを避けるこの選択は間違いではない。
この無条件降伏や非武装中立の考え方は、「戦争の放棄」の憲法9条の精神と合っていたから、社会党を中心に日本で広く支持されていた。
社会党は1990年ごろまでそんな政策を掲げていた。
でも、この考え方は時代や民意と合わなくなり、社会党の消滅と同時にほとんどなくなったと思う。

「敵が攻めてきたら、抵抗しないで降伏しましょう」とか、「日本が武力を無くし、非武装になれば攻撃してくる国もなくなる」なんて考えは、お花畑にもホドがある。
憲法には「戦争の放棄」や「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」と書いてあるが、それでも最低限の自衛力は必要だ。

現在進行形で侵略されているウクライナの人たちからしたら、ロシアが平和を愛するというのはジョークにもならない。
ウクライナ人にとって、この世で最も信頼できないのがロシアの公正と信義だ。
ロシアがウクライナに求めているものは、まさに武装解除と中立化だから、ウクライナがそれを受け入れるわけがない。

 

非武装中立を支持する日本人にとって、アメリカの占領政策は「寛容」だったから、降伏することに抵抗を感じないのだろう。
でも、ソ連は違う。
ソ連に支配された国々では、人々は虐殺と抑圧に苦しむ地獄の日々を過ごしていた。

ウクライナ戦争:日本の「降伏すべき」論に、残酷な現実

現在でも、ウクライナは早く降伏して、戦争を終わらせるべきだと主張する人たちがいる。
戦闘が長引けば、それだけ犠牲者も増えるから、この主張には日本で一定の支持があるが、これはロシアが望む展開で、ウクライナ人や世界の多くの国は認めていない。
「戦争だけは絶対にいけない。ロシアもウクライナも両方とも悪い」と話した日本人は心優しい人で、「非武装中立」の考え方を支持する善人だと思う。
でも、加害者と被害者を一緒にして、「戦争をした両者に責任がある」と決めつけるのは現実的ではないし、容赦もない。
これはいまのウクライナ人にとっては最大級の侮辱で、激怒させるには十分だ。

 

 

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今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。 また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。