ウクライナ戦争:日本の「降伏すべき」論に、残酷な現実

 

ことし2月、ロシア軍がウクライナへ侵攻して戦争がはじまった。
ウクライナ軍が首都キーウを死守した後、戦争が長期間になる気配が出てきたり、ウクライナ軍が降伏を拒否して徹底抗戦を主張していたころ、日本ではこんな議論があった。

アメーバタイムスの記事(4/19)

「降伏=幸福、犠牲者が少なくて済む、というのは歴史を軽視した意見だ」ウクライナの人々の“徹底抗戦”を否定し、降伏を促すべきなのか?

戦闘が長引けば、それだけ軍人や市民の犠牲者が増えていくのは避けられない。
人間の命を最優先に考えて、ウクライナはここらでロシアに降伏するべき、それを念頭に交渉を始めるべきだ。
このころ日本では、そんな意見がテレビやネットで登場して大きな話題となる。

遠く離れたところで日本人がそんな議論をしても、ウクライナ人に届くことはないし、ウクライナ政府の決定に影響を与えることもない。
しょせんは島国で完結するディスカッションではあっても、この「降伏=幸福?」論争は日本人が頭を使うきっかけになったから、それなり意義はある。

印象的だったのは、ボクがまわりの外国人に「ウクライナは降伏すべきか、それとも徹底抗戦か?」を聞いたところ、降伏論を支持する人が一人もいなかったこと。
ポーランド人、アメリカ人、イギリス人、ドイツ人、リトアニア人はウクライナを支持してロシアを非難する。インド人とタンザニア人は、どっちの味方をすることなく中立だと言う。
立場は違うのに、「降伏なんて考えられない」という点では全員一致。
日本でそんな議論があると聞いて驚く人も多かった。

 

戦争がはじまって半年ほどが過ぎて、この議論の正解も見てきた。
最近、ロシア軍を追い出して占領地を取り戻した後、現地入りしたウクライナ軍は地獄を見た。

朝日新聞の記事(2022/09/14)

警察署地下にロシアの「拷問施設」 電気ショック、叫び声響いた独房

ロシア軍は地下に拷問施設をつくり、いつも40人以上の住民を拘束していた。
ここでは電気ショックを使った拷問が行われ、痛みと恐怖による叫び声が響き渡っていたという。

これについてはイギリスBBCがくわしく報じている。

新たに解放された地域では安堵(あんど)と悲しみが交錯している。住民からは、数カ月にわたるロシアの占領下で起きた拷問や殺害に関する証言が浮上している。

ロシア軍による拷問や殺害を証言 解放されたウクライナ東部の住民

 

スマホに軍服姿の兄弟の写真があったことを理由に、ロシア軍に拘束された男性は2本の配線を持たされ、そこに電流を流す電気ショックの拷問を受けたと話す。
ウクライナの国旗を持っていたことで、25日間拘束された人もいるという。
さらにウクライナの発表によると、400人以上の遺体が埋められた集団墓地も見つかり、首にロープが巻かれたり腕が折れている遺体や、家族全員とみられる遺体もあった。

 

 

もちろんロシアはこれを否定するはず。
でも、占領下のウクライナ人が拷問を受けたり、殺害された痕跡はほかの都市でも発見されている。
「それでもロシア軍はやっていない!」と言う人は、そう言わないとけない特殊な事情があるのだろう。

 

先日ウクライナで発表された世論調査によると、国民の87%が、戦争が長引いても領土をロシアに渡すことを「認めない」と答えた。
戦争が始まったころの3月よりも、5ポイント増加している。
ロシア軍の占領地域が増えているウクライナ東部では、5月には領土割譲を「認めない」という人が68%だったのに、今回は85%とちょっとした昇竜拳だ。
危機的状況にいる人ほど、意識の変化が大きい。

 

占領下で拷問や虐殺が行われていたのだから、もしウクライナが降伏していたら、きっとこれが全国規模になっていた。
戦後ずっとロシア(ソ連)の支配を受けていたリトアニア人の知人は、「降伏しても命が助かることはない」と日本で広がる見方に否定的だった。
終戦後にやってきた米軍が日本人に対して、拷問や虐殺を行ったという話は聞かない。
降伏すれば命は救われるという認識が日本で生まれるのは、米軍の占領が比較的“人道的”だったからでは?
ソ連に占領された最初の1年(1940年~41年)で、こんな経験したバルト三国の人たちはきっとそうは思わない。

確認された処刑、徴兵あるいは国外追放された数は少なくとも12万4千467人と推定され、内訳はエストニアで5万9千732人、ラトビアで3万4千250人、リトアニアで3万485人である。

バルト諸国占領

 

そもそも国際法に違反してウクライナへ攻め込んで戦争をはじめたロシアが、占領地域では国際法をしっかり守って市民を人道的に扱うとは思えない。
戦いが長引くなるほど、確かに犠牲者の数は増えていく。
かといって、降伏すれば命は助かるという保証なんてない。
結局はウクライナの人たちが戦いを選択している限り、外にいる人たちはその意思を尊重するしかないのだ。

 

 

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1 個のコメント

  • <<<人間の命を最優先に考えて、ウクライナはここらでロシアに降伏するべき、それを念頭に交渉を始めるべきだ。
    このころ日本では、そんな意見がテレビやネットで登場して大きな話題となる。

    ウクライナ「日本が、我が国みたいに、1920年代から1990年代までソ連の領土になって、日本人の作った食糧が全て収奪され、さらに日本人全員がシベリアに強制移住させられた歴史を経験すれば、我が国に"ロシアに降伏しろ"と言えなくなっているだろう」

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    今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。 また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。