はじめの言葉
「日本を現在まで支配してきた機構について何といわれ何と考えられようが、ともかく衆目の一致する点が一つある。すなわち、ヨーロッパ人が到来した時からごく最近に至るまで、人々は幸せで満足していたのである。(ヒューブナー 明治)」
前回までの話
エジプト人にタクシー料金700円を払う。
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実は、400円で「ぼったくられた」と分かる。
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ドライバーに「金返せ」と抗議するも、「おまえは日本人じゃないか!」とキレられる、の続き
ドライバーがキレて大声で言った「おまえは日本人じゃないか!」とは、どんな意味なんだろう?
「おまえは日本人で、金持ちじゃないか」という意味なのか?
「おまえは日本人で、白人とは違って、黄色い肌をしているじゃないか」という意味なのか?
前者ならまだいい。
後者であれば、人種差別だ。
お金なら、タクシーの中の白人だって持っている。
着ている服や年を考えれば、彼らの方が学生のボクより金持ちだということは分かるはず。
これは、お金の問題じゃない。
白か黄色かの違いだろう。
ボクの肌の色が黄色いから、「おまえは、700円だ」ということなんだろう。
実際に、このドライバーがどう思っていたかは分からない。
けど、このときのボクは、こう理解した。
「じゃあ、おまえは乗るな!」
と、彼が声を荒げる。
それは、困る。
このときのボクは、これに乗るしかなかった。
2日後に、カイロから日本へ帰国する飛行機に乗らないといけない。
ここからカイロまで移動する手段は、この一日に一度出るこのセルヴィス・タクシーしかない。
これしかないし、今日、これに乗らなかったら、また明日を待たないといけなくなる。
外国での値段交渉で大切なことは、感情的になっても、冷静さを失わないないこと。心では怒っていても、頭は冷静に事態を考えていること。
値段を下げさせることに夢中になってしまうと、「それによって起こる最悪の事態は何か?」を忘れてしまう。
どこの辺で、この交渉を妥協するか?
ここで最悪な事態を想像する。
ボクにとって、最悪の展開は、ここでこのタクシーに乗れなくて、帰国の便を逃してしまうこと。
本当に悔しいし腹の虫は収まらないけれど、「落ち着くポイント」を逃してしまえば、飛行機に乗れなくなってしまう。
怒りに満ちたこのエジプト人の表情を見ていると、「ひょっとしたら、本当にこれに乗れなくなってしまうかもしれない」と不安になってきた。
ということで、残念ながら、ボクの負け。
これ以上どうしようもない。
「堪え難きを堪え、忍び難きを忍び」という、三国干渉のときの日本人のような心境だ。
前日に、宿のエジプト人従業員に相場を聞いておけば良かった。
本当に後悔した。
まだ海外旅行が二回目で、ぼったくられた経験も少なかったから、このぼったくりにかなり腹が立った。
向こうが悪いにもかかわらず、公衆の面前で、怒鳴られたことも許せない。
同じ移動で、白人が400円でいいのに、日本人の自分だけは700円払わないといけないということにも、納得がいない。
それと、今までの旅で、ぼったくられたことなんて夜空に輝く星の数ほどあるけど、「人種差別」を感じたぼったくりは、このときしかない。
さらに、エジプト人とボクとのケンカを楽しそうに眺めていた白人たちも腹が立つ。
最悪だ。
「もう、いいや。これに乗るしかないんだから」
そう思って、すべてを「しかたない」の一言ですませようとしたところ、ドライバーのエジプト人がポケットに手を入れて、お金(お札)を取りだす。
そして、それをボクに向かって放り投げる。
地面に落ちたお札を指さして、こう言う。
「それをやるよ」
この言葉で、一瞬我を忘れた。
右手をギュッと、固く握ってしまった。
でも、これだけで自分を抑えられて良かった。
もし、ここでこいつを殴っていたら、日本の帰国便に乗れなくなっていたはず。
もちろん、地面に落ちている札は無視して、黙って車内に乗り込む。
このときの札がいくらだったかは、知らない。
ここから、カイロまでのドライブが最悪な気分。
ドライバーとイギリス人の乗客は、冗談を言って大声で笑ってるけど、ボク一人だけそんな気分になれない。
というか、そもそも、何を言っているのかも聞き取れない。
さっき、「昨日の宿のスタッフに料金を聞いておけば良かったと後悔した」と書いたけど、もっと後悔したのは、イギリス人から料金を聞いてしまったこと。
イギリス人から料金を聞かなかったら、ボクはぼったくられたと気づかなかったはずで、この会話に参加できていたかもしれない。
「700円を払う」という同じことをしても、それに気がついたら「ぼったくり」になって、気がつかなかったら「ぼったくり」にはならない。
言い方は悪いかもしれないけど、浮気や不倫と同じようなものだ。
ということで、カイロに着くまでの7時間ほど、ほぼ無言で心の中のイライラや不満を抱えているだけだった。
「同じ距離を移動する乗客なのに、自分だけ高い料金を払わされた」
「飛行機に乗るために我慢するしかなかった」
「相手がぼったくったのに、こっちが怒鳴られた」
「人種差別っぽい経験」
「白人たちの好奇の目」
「居心地の悪い車内の雰囲気」
これらが複雑にからまって、これが、今までの旅での最悪のぼったくり体験になった。
「それにしても、エジプト人って分っかんないなあ」と思ったことがある。
このセルヴィス・タクシーに乗るとき、料金交渉であれだけボクともめたにもかかわらず、カイロまで車中では、ボクにとても友好的に接してくる。
途中で寄った商店でビスケットを買っては、ボクに「おまえも食べるか?」と笑顔で渡してくる。
「ぼったくったことを悪いと思っているのか?」
と思ったけど、多分、違う。
罪滅ぼしのつもりじゃなくて、さっきの怒鳴り合いの料金交渉なんて、まったく気にしていないだけだと思う。
まず間違いなく、すっかり「過去のもの」として、頭の中から消え去っているだけだろう。
カイロに着いても、「おまえの宿はどこだ?そこまで連れて行ってやるよ」と言って、宿まで送ってくれた。
これも、親切というより、多分、ドライバーが「このときは、そういう気分だった」というだけだと思う。
これは、このドライバー個人のことかエジプト人一般の気質としていいか、はっきり分からない。
けど、ボクがエジプトを旅して接してきたエジプト人の印象としては、値段交渉でもめても、それが終われば、「ノー・サイド」で気にしないような人たちだと思う。
ひょっとしたら、気候が影響しているのかも。
砂漠の乾いた気候のせいで、エジプト人はあんまり物事を気にしない、カラッとした性格なのかも。
梅雨が多くて湿度が高い日本の気候のせいで、日本人は「あのとき、~円ぼられた」ということを、いつまでも気にするジメジメした性格なのかも。
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