はじめの一言
「花盛りには華麗な花を咲かせる。男女の学童は桜花が咲き乱れる場所へ旗を何本も立てた柵を作り、そのなかで遊戯を楽しんでいる。色とりどりの風船、凧、それに紙製の蝶が空中に飛びかい、その間、目もさめるような美しい着物を着た幼い子どもたちが、色鮮やかな蝶のように、袂を翻して舞っている
(フィッシャー 明治時代)」
「日本絶賛語録 小学館」
今回の内容
・テロリスト「外国人はけがれ」
・サウジアラビアにある「異教徒は汚れている」という発想
・テロリスト「外国人はけがれ」
日本経済新聞の記事(7月6日)に、ダッカでテロ事件を起こした犯人は「外国人を「汚(けが)れとみていた」とある。
人質となった人たちの証言によると、実行犯はイスラム教を汚す外国人に嫌悪を示す一方、イスラム教徒には礼儀正しかった。
実行犯たちは露出度の高い服を着たりアルコールを飲んだりする外国人がイスラムの普及を妨げているとスタッフに不満をぶつけた。
「武装集団、日本人残すよう指示 外国人嫌悪と人質証言」
「外国人が来たら、この国が汚れる」という犯人の考え方は、他の報道でも見た。
新聞やテレビの報道を見たけど、テロリストが問題視したのは外国人の「反イスラーム的な行為」だけではないようだ。
そもそも、外国人や異教徒であるといった「存在」そのものを問題視していていたように思う。
そのことについて、週刊新潮(7月14日号)がこのように伝えている。
中東研究センター理事の保坂修司氏によると、
今回の事件のように、相手を殺すのにイスラム教徒かどうかを確認することは、以前からあるこのです。なぜなら、イスラム教徒同士で殺し合うことは出来ないことになっているから。相手が異教徒でなければジハード(聖戦)として認められない。
今回のテロを起こしたテロリストは、「ジハード」を明確に意識していた。
同じ週刊新潮に、インド人ジャーナリストの次のような言葉がある。
シェフや従業員は彼らと一緒に食事をした。彼らは、朝になれば殉教者になれる、ジハードを遂行したので天国に行ける、と話していた。治安部隊が店に突入した際、彼らは死ぬ覚悟ができていたので撃ち返さなかった
今回のテロの原因に「外国人(異教徒)は、汚れている」という考えがあるというのは、少しショックだった。
バングラデシュには、「カラオケは悪魔の箱」と言う人がいるらしい。
若い男女が密室に入るようなカラオケは、イスラーム教の考えに反しているため、敵視されているという。
この考え方がもっと極端になって、テロリストには外国人そのものが「悪魔」に見えたのだろう。
イエメンのイスラーム教徒の女性
ただ、「外国人は汚れている」という考えは、前にもイスラーム教の過激派が言っている。
イスラーム過激派「アルカイダ」も「外国人(アメリ人)はけがれ」という見方を示していた。
AFPの記事にこのようにある。
アルカイダは声明で、ビンラディン容疑者の死を初めて公に認め、パキスタンのイスラム教徒に対し「国を腐敗させる米国のけがれを浄化せよ」と呼びかけた。
そもそも、ウサーマ・ビン・ラーディンが「アメリカは許せない」という気持ちになったのも、サウジアラビアにアメリカ軍が駐留したことがきっかけになっている。
サウジアラビアには、イスラーム教の第1の聖地「メッカ」と第2の聖地「メディナ」がある。
サウジアラビアは、イスラーム色がとても強い国として有名。
1965年には、テレビ局を開設することに反対するデモが起きている。
テレビ局開設に反対するイスラーム原理主義グループが首都リヤードでデモを行いファイサルの政策に異を唱えた。
(サウジアラビア現代史 岡倉徹志)
テレビ画面に人が映るというのは、「イスラーム教で禁止している偶像になるから」というのがこのデモの理由になっている。
そんなイスラームにとって聖なる地に異教徒が入って来ることは、ウサーマ・ビン・ラーディンには許せないことだった。
異教徒であるアメリカ人をイスラームの二大聖地のあるサウジアラビアに駐留させることは敬虔なイスラーム教徒として絶対に許せなかった
(サウジアラビア現代史 岡倉徹志)
しかも、アメリカはウサーマが敵視していたイスラエルを支援していた。
この点でも、余計にアメリカが許せなかったはず。
なんで、外国人がサウジアラビアにいることをそれほど嫌うのか?
ウサーマは、異教徒自体を「汚れた存在」と認識していて、その汚れた異教徒が入ったら「聖地が汚れてしまう」と考えたという。
ビン=ラディンは「ジハード宣言」を発表、二大聖地(メッカとメディナ)があるイスラム教の聖域を異教徒の米軍兵士が汚しているとして、その殺害を呼びかけた。
(世界史の窓)
イエメンのイスラーム教徒
・サウジアラビアにある「異教徒は汚れている」という発想
でも、「外国人(異教徒)は汚れている」という考えは、ウサーマのようなテロリストだけではなくて、サウジアラビアの中にも多くあるという。
サウジアラビアという国は、イスラーム教徒以外の人には「旅行者泣かせ」の国で、観光旅行ができない。
観光が目的だと、入国ビザを取ることができないから。
イスラーム教徒だったら、入国することができる。
基本的な考え方としては、「聖地サウジアラビアにいるのはイスラーム教徒だけ」ということだろう。
宗教はイスラム教が国教である。
このため、国民が他の宗教を信仰することは禁じられており、サウジアラビア国籍の取得の際にもイスラム教への改宗が義務付けられている。(ウィキペディア)
異教徒がサウジアラビアに入ることを禁止されているのも、それによって聖地が「汚れてしまうから」ということらしい。
そう考えているイスラーム教徒が、サウジアラビアには多くいるという。
でも、そういうイスラーム色の強さこそがサウジアラビアの特徴でもある。
国旗がまた独特だ。地には緑一色を配し「アッラーの他に神はなし。ムハンマドはその使徒なり」と白い文字で記したアラビア語と聖地を守るアラビアの長剣をあしらっている。
(サウジアラビア現代史 岡倉徹志)
日本人には「外国人は汚れている」という考え方は、とうてい受け入れられないだろう。
でも、世界には理解できないような人間もいるということは、知っておくべきことだと思う。
「外国人はけがれている」という考えは、今の日本ではない。
でも、明治時代であれば、日本にも「外国人は穢れ」という考えはあった。
そして、この考えが原因の一つとなって「神風連の乱」という大事件を起こしている。
それは次回で。
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