宣教師ルイス・フロイスが見た戦国時代の日本女性 ②

 

前回に引き続き、戦国時代の日本にやってきたヨーロッパ人宣教師、ルイス・フロイス(1532~97)の目をとおして当時の日本の様子を紹介していきます。
ルイス・フロイスは重要人物で高校日本史ではこうならいます。

ポルトガルのイエズス会宣教師。1563年に来日。京都で信長に謁見、秀吉とも親しくし、キリシタン布教の地歩を固めた。追放令で退去後、再来日し、長崎で死去。『日本史』を執筆した

「日本史用語集 山川出版」

フロイスの署名

 

戦国時代の日本人の女性をヨーロッパ人の女性と比較して、フロイスは以下のように述べています。
以下は「フロイスの日本覚書 中公新書」からの抜粋です。

 

・ヨーロッパでは、未婚女性の最高の栄誉と財産は貞操であり、純潔が犯されないことである。日本の女性は処女の純潔をなんら重んじない。それを欠いても、栄誉も結婚(する資格)も失いはしない。

・ヨーロッパの女性は、短い年月で白髪となる。日本の女性は、六十歳になっても、油を塗っているため白髪にはならない。

・ヨーロッパの女性は、芳香のある香料で頭髪をにおわせる。日本の女性は(頭髪に)塗った油のせいで、いつも悪臭を放っている。

・ヨーロッパでは、女乗りの大鞍(くら)もしくは腰掛で騎行する。日本の女性は、男子と同じ方法で騎行する。

・ヨーロッパの貴婦人は、自分と話をしに来た人と隠れることなく語らう。日本の貴婦人は、それらの人たちが熟知の者でなければ、屏風(びょうぶ)または簾(すだれ)の後ろから話をする。

・ヨーロッパの女性は、耳朶(たぶ)に穴をあけ、それに耳飾りをはめ込む。日本のの女性は、耳朶に穴をあけないし、どのような飾りもつけない。

・ヨーロッパの女性は、その(衣類の)袖が手首にまで達する。日本の女性の場合、それが腕の半ばにまでしか達しない。そして腕や胸を露(あら)わにすることを不面目とはみなさない。

・われらにおいては、ある女性が裸足で歩けば、狂人か恥知らずとみなされるであろう。日本の女性は、貴賤(きせん)を問わず、一年の大部分はいつも裸足で歩く。

*真冬でもTシャツという小学生が昔はいたけど・・・。

・ヨーロッパの女性は、宝石つきの指輪、その他の装身具を身につける。日本の女性は、何ら金銀製の装身具や宝物を用いない。

・ヨーロッパでは、夫が前方を、そして妻が後方を歩む。日本では、夫が後方を、そして妻が前方を行く。

・ヨーロッパの女性は、立派で整った眉を誇りとする。日本の女性は、ただの一本も残さぬように毛抜きで抜いてしまう。

・ヨーロッパでは、嬰児(えいじ)が生まれてきたのちに殺されることなどめったにないか、またはほとんどまったくない。日本の女性たちは、育てることができないと思うと、嬰児の首筋に足をのせて、すべて殺してしまう。

・ヨーロッパでは、女性は出産後は横臥して休息をする。日本の女性は、出産後は、20日間、昼も夜も坐していなければならない。

 

どうでしょうか?
戦国時代の日本の女性は、ヨーロッパの女性に比べたら、いろいろな自由や権利があったことが分かります。ちょっと意外な気もしますけどね。

 

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今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。 また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。