きのう、観光で日本にやって来た、迷惑なデンマーク人のことを書いた。
「来日の記念に何か残したかった」と考えて、東京丸ノ内線の構内に忍び込んで車両に落書きしやがる。
そういうファッキンなデンマーク人がいた。
*ファッキンって言葉は「バカヤロー」「クソやろ―」といった下品な意味だから、未婚の女性にはオススメできない。
でも、アメリカ人がよく使っている言葉だから、覚えといてもいい。
「ファッキン・グッド!」だと、「本当にすばらしい!」とか「最高にいい!」という意味になる。
ちなみに、大阪弁にも「ファッキン」がある。
「ファーストキッチン」の略。
ハンバーガーショップ、「ファーストキッチン」の略。「ファーキン」では間延びするために促音化したのか。
今回のテーマも、ファッキンだけどグッドなもの。
日本人が海外で落書きという迷惑行為をしたところ、結果的に「日本人はやっぱりすごい!」と、逆に”民度”が上がってしまったという話。
むかしの日本人は落書きをしなかったらしい。
明治時代の日本を訪れたモースというアメリカ人は、街の様子を見てこんなことに気づいた。
人力車に乗って田舎を通っている間に、徐々に気がついたのは、垣根や建物を穢なくする記号、ひっかき傷、そのたが全然無いことである。この国には、落書きの痕をさえとどめた建物が一つもない。
「逝きし日の面影 平凡社」
「降る雪や 明治は遠く なりにけり」
と、明治時代をなつかしがる歌を詠んだのは俳人の中村草田男。
でも平成の日本人はちがう。
ビルの壁や地下鉄の車両とか、いろいろなところに落書きがある。
海外でも見た。
ピラミッドやアンコールワットといった世界遺産で、名前・日付け・大学名なんかが石に刻まれていた。
「これが世界に誇る日本人の民度かよ」と思ったけど、日本語よりローマ字が多かったのは事実。
この時代はまだ、インターネット前。
だから今のように「最低の日本人発見!」なんて、その画像がツイッターで拡散することを考える必要がなかった。
明治の民度を失ったいま、「バカ発見機」が大活躍している。
壁に耳あり障子に目あり
2008年に、ある日本人の女子大生が研修旅行でイタリアを訪れた。
「うわー、フィレンツェだー。ちょーすごーい!」と感激したのだと思う。
勢いで落書きをしてしまった。
世界遺産「サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂」に。
サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂
世界的に有名なキリスト教(カトリック)の教会で、フィレンツェのシンボルにもなっている。
帰国後、これがバレて大騒ぎ。
大学には抗議の電話が殺到して、ネットでは「日本の恥!」とたたかれる。
その女子大生は自費でフィレンツェに行って謝罪した。
これに驚いたのはイタリアだ。
大聖堂の責任者は感心して敬意をしめしている。
共同通信の記事(2008年7月2日)から。
大聖堂の修繕責任者パオロ・ビアンキーニ氏は2日までに「落書きは許されないことだが、日本人が深い謝罪の意思を示したことに驚いた。敬服する」と述べた。
日本人の謝罪に「敬服」 修繕責任者、大聖堂落書きで
「落書きを謝罪するために、日本から戻って来たってマジか!!!」
イタリアでこれが”事件”になった。
イタリア人にとって、落書きとナンパはあたり前。
呼吸するようなもの。
だから、「この日本人はイタリア人のいい教訓になる」とパオロ・ビアンキーニ氏は言っている。
世界遺産に落書きをしたら、「やっぱり日本人はスゲー!」と逆に評価が上がってしまった。
でも、ものごとには限度がある。
このあとサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂で、日本人による落書きが次々と見つかる。
京都の大学生や高校の野球部監督がここで落書きをしていた。
野球部の監督は自分と妻の名前を書きやがった。
それがバレて大学生は停学処分、監督はクビになる。
同校はこの監督を解任。同校は前年度の全国高等学校野球選手権大会の茨城県大会で準優勝するなどの強豪校である。
「落書きの責任をとって、停学や解任ってマジか!!!」
今度は「こんな厳罰はわが国ではあり得ない」と、別の意味でイタリアが驚く。
というか、引いた。
毎日新聞の記事(2018年7月1日)がイタリア紙の反応を伝えている。
同紙は「日本のメディアによる騒ぎは過剰だ」と、日本人の措置の厳しさに疑問を投げ掛けた。コリエレ・デラ・セラ紙も「行為はひどいが、解任や停学はやり過ぎ」と論評した。
イタリア世界遺産落書き:「厳罰」処分 伊紙「あり得ない」》
落書きをしたら、飛行機に乗って謝りに行く。
学生は停学、監督は解雇。
日本の基準は、イタリアの(たぶん世界の)常識を超えていた。
ローマにある「真実の口」
嘘つきは手をかみ切られるという。
この顔は海神オーケアノス。
英語「ocean (オーシャン)」の語源となった神。
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