平和を考えた⑫ 「日本だけは平和」は嫌われる!?

 

海外旅行先でも国内でも、外国人と話をしていて、「国の紹介」や「お国自慢」になることがある。
ある国のことを知るには、その国に関する本を読むこともいいけれど、そこに住んでいる人から聞くことが一番いい。

 

ということで、今までに「あなたの国の良いところは?」「あなたの国はどんな国ですか?」ということを話す機会はよくあった。
こんな場合、アメリカ人やインド人は、「多様性」をあげていた。

「多様性」

「歴史上の現象を紐解けば、交通の発達や何等かの要因によって、様々な思想・宗教・哲学・民族・人種が入り乱れて存在した地域には、必ずと言ってよいほどの社会的な変革が発生している。国家で例を上げるなら、アメリカ合衆国やオーストラリア等の移民国家である

(ウィキペディア)

 

確かに、いろいろな宗教や人種が入り混じっているアメリカやインドは、日本とはまったく違う。
アメリカでは、「信仰上の理由で税金を払いません」という人たちもいる(今現在は分からないけど)。

 

多様性ということなら、インドも負けてはいない。
友人のインド人は、こんな冗談を言っていた。

「インド人は外国に行く必要がない。別の州に行けば、外国に来たようなものだから」

 

インドでは、国内に言語が数千もあるという。
インドのお札を見ても、そこには、15の文字の表記がある。

 

この100ルピー札には、ベンガル語やパンジャーブ語など15の文字で「100ルピー」と書いてある。

 

さらに、英語とヒンディー語の表記もあるのだから、実に一つのお札に17の文字があることになる。
インドには、ヒンディー語も英語も読めず、自分が住んでいる地域の文字しか分からない人がいる(近年は減っただろうけど)ため、こんなことが必要になる。
前置きが長くなってしまった。

 

外国人に相手の国のことを聞けば、逆に「日本は?」と質問されることはある。
そこで改めて考えると、日本の自慢や特徴は何だろう。
そんなとき、ボクは「日本は、平和な国です」と答えていた。

 

決して間違ってはいないと思う。日本は、戦後約70年間、戦争も内戦も起こしたことはなく、ずっと平和を保ってきた。
日本には、「経済大国」メージがるけど、70年代の高度経済成長は、日本が平和でなければ絶対に不可能だった。

 

桜

 

それで、相手が納得してくれればいいけれど、「何で、日本はそんなに平和でいられたの?」と、さらにつっこまれると、少し困る。
それは、はっきとりは分からない。

 

それでも考えてみると、3つほどあるかなと思う。
「憲法の平和の精神」「天皇陛下のお言葉」「自衛隊の日々の活動」の3つ。
以前の記事で、英会話サークルで「平和について」を聞かれたときに、メンバー全員が「戦争は絶対にいけない。平和を願っている」と言ったら、講師のアメリカ人に「それなら、中学生でも言える」とつっこまれたということを書いた。

 

*インドで平和を考えた③ 「自分の意見をもつことの大事さ」

この3つを挙げれば、もうそんな突っこみは受けずに済むと思う。

 

まずは、1つ目の日本国憲法の平和の精神について。

前の記事でも書いたけど、戦後の70年間、日本は憲法を変えていない。
それが良いか悪いかは、別として、その憲法の考え方は日本人にずっと影響を与え続けてきことは間違いない。その影響の大きさは、もう図りしえない。

 

特に憲法の前文と9条は、日本人なら誰もが中学で必ず習う内容だ。そして、この部分には、多くの教員が力を入れて指導に当たっていると思う。
今から考えれば、ボクがもっていた平和観も、ベースとなっていたのは憲法の平和主義だ。

 

日本の憲法が、「平和憲法」と言われているのも、「戦力の放棄」・「戦力の不保持」・「交戦権の否認」の3つの要素があるからだ。
多くの日本人が、この憲法にもとづいた平和観をもっていたことが、戦後、日本が平和でいられたことに貢献していると思う。

 

もちろん、このことが実際にどれだけ日本の平和に役立っているかは、数字にして表すことはできないし具体的には分かりにくい。

でも、ボクが話を聞いた限りでは、多くの外国人は日本に対して、「平和な国」という印象をもっている。
日本人に対しても、決して攻撃的ではなく穏やかな性質があると思っている。
このことは、日本のイメージ向上にとても貢献している。

 

憲法の平和主義がそれ以上に良いことは、このおかげで日本は外国の争いに巻き込まれなかったことだろう。

自分が他国に攻め込んだり他国に攻め込まれたりしなくても、外国で争いが起きることがある。
そうした場合、「どちらかの国を支援する」という理由で、自国の軍隊を送るなどしてその争いに深くかかわることになることがある。

 

日本の場合は、憲法のよって自衛隊が海外で戦闘行為を行うことは禁止されている。だから、自衛隊員が殺されることも誰かを殺すこともなく、「無傷」ですんでいる。

 

 

とはいえ、このことが、まったく問題がないわけでもない。

「外国で争いが起きても、日本はそれに巻き込まれない」ということは、日本にとってはいい。
でも、それでは、「日本は問題解決にために、積極的に協力しない」と、他国から見られてしまいかねない。

 

世界の国々が協力して問題解決にあたるときでも、日本は憲法のために、他の国と同じような支援をすることができず、「日本はズルい」という印象をもたれてしまう可能性がある。

 

実際、1991年の湾岸戦争のときに、日本はそうした批判を他国から受けている。

「湾岸戦争」

「1991 イラクのクウェート侵攻に対して、多国籍軍が派遣された戦争。多国籍軍は、1~4月の戦いで、イラク軍をクウェートから撤退させた(世界史用語集)」

 

この「多国籍軍」とは、このような軍隊のことをいう

「国連安全保障理事会の決議に基づいて派遣される連合軍。湾岸戦争では、アメリカを中心として、イギリス・フランス・アラブ諸国により組織された。安保理が指揮権をとる国連軍とは異なる(世界史用語集)」

 

前の記事にも書いたけれど、国連は、国際問題を解決する手段として、戦争(武力の行使)を認めている。
湾岸戦争のときも、安保理決議に基づいて世界の各国が軍隊を送って多国籍軍を結成して、イラク軍と戦っている。

 

でも、日本は、憲法で自衛隊を海外に送ることは禁止されていたため、この「世界の和」に入ることができなかった。
日本はこのとき、憲法の範囲内での協力をしようと、自衛隊ではなくお金を出している。

 

しかし、この日本の態度が、アメリカを中心に世界の国から批判を浴びることになった。
それだけではなく、クウェート政府の「感謝の対象国」からも外されてしまった。

イラクのクウェート侵攻が発端となった1991年の湾岸戦争で、日本は多国籍軍への協力などで130億ドルを出したが、資金だけだとも批判された。クウェート政府は米紙への広告で30カ国に謝意を示しながら日本を挙げなかった

(2011年4月27日の朝日新聞の記事より)

 

130億ドルというのは、当時のレートで1兆円近い巨額の支援金だ。
にもかかわらず、クウェート政府はこれをあまり高く評価せず、感謝を伝える広告に日本の名を載せなかった。

海外は評価されなくても、国内では「憲法にそう決められているのだから、日本は海外で何があっても、自衛隊を出すわけにはいかない。日本がしていることは間違っていない」とする声はあった。

 

ただ、海外に住んでいた日本人は居心地が悪かった人もいたようだ。
「他の国は血を流す覚悟をしていたのに、日本は金だけ出してすませている」というように言われたことがあったという。

「他の国が危険を覚悟していても、日本は、金だけ出して決して危険を冒さない」という印象を国際社会に与えたことは、日本にとっては名誉なことではない。

 

話は飛んでしまうが、江戸時代に、ゴロウニンというロシア人が日本で捕まったという事件がある。

このときロシア人は、ロシアとは違う日本の法律のために苦しい思いをしていた。
そして、そんな状況に異議を唱えたロシア人に、その場にいた日本人はこんなことを言っている。

あなたのために日本の法律を破ることはできないのです

日本の法律を外国人がどう思おうと、日本人にとってはこれがよいのです

(日本俘虜実記 講談社学術文庫)

 

湾岸戦争のとき、海外に非難されても「日本の対応は正しかった」という人にしてみたら、この江戸時代の役人と同じ思いをしただだろう。

 

湾岸戦争では確かに、一部の国からは批判を受けた。
現在の日本の憲法は、完全ではなく、問題もあるのかもしれない。あるからこそ、「憲法を変えるべきだ」という意見を支持する人たちが多くいる。

けれど、戦後からこれまでを振り返ってみて、憲法によるプラス・マイナスを考えた場合、やはりプラスの面の方が大きいだろう。
日本が憲法おかげで、海外の争いに首を突っ込まなくてすみ、一人の犠牲者を出さずにすんでいることはとてもいいことだと思う。

 

前にも、書いたけど、ここで「憲法を変えるべき」だとか「変えてはいけない」とかという政治的な主張をするつもりはない。
これまではそれで良かったけど、これからもそれでいいかは分からない。

日本の役人が「日本の法律を外国人がどう思おうと、日本人にとってはこれがよいのです」と言うことができたのは、日本がそのとき鎖国をしていられたからであって、開国した後はさすがに、そうは言っていられなくなった。
湾岸戦争での日本の対応で、外国から批判を受けたことは、日本が憲法を考える機会にはなった。

「1991年(平成3年)1月17日:湾岸戦争 が勃発。日本は憲法の制約があるという理由で海外派兵せず、約140億ドルの資金協力と海上自衛隊掃海艇のペルシャ湾出航(4月)に留まり、特にアメリカからの非難を浴びたことをきっかけに、日本国憲法の限界を認識させられる(ウィキペディア)」

 

日本で憲法改正の議論が盛んになったのは、この出来事が影響している。
このとき、日本に「日本はこのままでいいのか?」という外圧を与えたのは、奇しくも、幕末に日本に開国を迫ったアメリカであった。

 

今年の夏は、参院選があって、国民の意思を示すときがくる。
平成と幕末は違う時代なのだから、同じ対応をする必要はまったくない。
けれど、「日本人にとってはこれがよいのです」というものを、もう一度考えてみることは大事だと思う。

 

今、憲法改正の論議がかつてないほど高まっていて、もうすぐ参院選もあることから、今回の記事は脱線しつつも、憲法について思うところを書いてみた。

 

憲法改正はともかくとして、現在の憲法おかげで、日本が海外の争いに巻き込まれずにすんでいることは確かだ。そして、日本の平和を考えた場合、現在の憲法は欠かすことができない重要な要素であることは間違いない。

 

日本の平和で大事な要素としたあげた残りの二つ(天皇陛下のお言葉と自衛隊の活動)については、次回の記事で書きます。

 

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ABOUTこの記事をかいた人

今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。 また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。