4世紀前半から7世紀にかけて、朝鮮半島に百済(くだら)という国があった。
百済は仏教の国で、6世紀にここから日本に仏像が伝わったことから、中学校の授業で「百済から来たくだらない仏教と覚えなさい」と先生が言ったことを今でも覚えている。
全羅北道にある石仏寺というお寺に、韓国に現存する百済の仏身としては最大にして最古の石仏があり、このたびその修復作業が終わって、1400年前の姿を取り戻したという。
それだけなら「へえ」で終わるところだが、韓国の新聞が自国の仏像修復を報じるとこうなる。
朝鮮日報(2020/04/05)
キム・ジョンヒ円光大学教授は「光背の挙身光は瑞山磨崖三尊仏に見られる百済様式で、日本の法隆寺金銅釈迦(しゃか)三尊像の光背にも現れ、百済様式が日本の飛鳥時代まで影響を及ぼしたことが分かる」と語った。
1400年前の百済石仏にまつわる秘密とは
しかし、石仏の挙身光(きょしんこう:仏像の頭の後ろにある丸い光)が日本の飛鳥時代に影響を及ぼしたという根拠がまったく書かれていない。
そもそも仏像に挙身光を描くのは、中国から伝わったことだろう。
中国の仏教美術が百済と日本に影響を与えた、ということなら理解できる。
ちなみに百済は6世紀、高句麗との対立が深まると、倭国(日本)の軍事的支援を得るためにさまざな技術を伝えた。
百済は倭国の軍事力を引き入れるための外交努力に努め、倭国はその見返りとして様々な文物や技術を要求した。
実際の歴史はどうあれ、韓国人を対象にした記事では、日本に対する優越感が感じられる文章というのが重視される。
新聞を広げて「わが国の美術が日本に影響を与えたのか!」と思うと誇らしくなる。仏像の修復と関係なくても、こういう読者サービスを挿入することは必要なのだ。
全体で約 600文字の短い記事の中で、日本は他にも登場している。
もともとこの仏像には頭部がなかった。記事によると、その理由は16世紀の朝鮮出兵にあったという。
朝鮮半島に上陸した日本軍は濃い霧で進軍をはばまれ、日本の将軍(倭将)が怒って「これが仏像の威力だと信じ、刀で石仏の首を打った-というのだ。」という説を紹介している。
せめてその倭将とやらの名前が書いてあったら、その話について確認できるかもしれないのに、この記事にはそんな手がかりが一切ない。
専門家のキム教授は、「朝鮮王朝の抑仏政策で損なわれた可能性、自然災害で仏像が転げ落ちて首が折れた可能性もある」と語っている。
16世紀の日本人が切断したという話よりは、こっちのほうが信頼できる。
正解はきっとこれで、仏像の首を切断したのは過去の朝鮮人だろう。
というのは朝鮮時代、激しい仏教弾圧が行われていたときには、そういうことがよくあったから。
全国に1万以上もあった寺院は、国家的に保護を受けるべきものが242寺に限定され、その他の寺院は所有地と奴卑を没収され、また多くが破壊された。
かつて韓国は日本に文化的な影響を与えた。それなのに、日本は近代になると韓国にひどいことをしたーー。
読者の優越感や被害者感情を刺激することで、仏像修復の記事が断然おもしろくなる。韓国の全国紙は、韓国人に読ませる文章の書き方をよく知っている。
だから、韓国紙の報道を見ていると、直接関係ない内容やランキングに日本を強引に登場させて、読者のプライドをくすぐったり日本を悪者にすることがよくある。
日本人のボクからすると、「ここに日本が出てくる必要はある?」と事故に巻き込まれたような感覚になるが、韓国メディアにとって日本は万能のスパイスなのだ。
でも、仏像の修復ぐらいは日本抜きで語ってほしい。
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