令和も鎌倉も同じじゃね?日本人の宗教観:一神教を嫌う理由

 

「日本は実に、太初以来その固有の独自な文化を、外部の妨害を受けることなく自主的に今日に到るまで進展させ得たところの国土である。日本は幾世紀の間にしばしば外国の影響を摂取同化し、日本的なものへと変形し、その結果再び日本独自のものを産み出したのであった」

昭和のはじめに来日したドイツの世界的建築家、ブルーノ・タウトは日本を見てそう思った。

 

タルトじゃないよ、タウトだよ。

日光東照宮に出かけて、その過剰な装飾を嫌ったタウトは日記に「建築の堕落だ」とまで書いて罵倒した。後にタウトが桂離宮や伊勢神宮を皇室芸術と呼んで持ち上げ、東照宮を将軍芸術と呼んで嫌悪する下地はこの時にできた。

ブルーノ・タウト

 

まーなんせ日本は「鎖国」なんてこともできちゃう島国だから、独自の文化が育ちやすいことはたしかで、令和のいまでも日本人の行動を見て違和感をおぼえる外国人はあとを絶たない。

例えば宗教観。
クリスマスを“祝った”一週間後には、お寺や神社に行って手を合わせる。
生まれると神社で祝ってもらって、成長するとバレンタインやハロウィンを楽しんで、死んだら仏教の様式でお葬式をしてもらう。

欧米のキリスト教、インドで生まれた仏教、日本古来の神道の行事を同時におこなう日本人は、一体どんな宗教を信じているのか?
外国人からするとそんな日本人の宗教観は自由や無節操、理解不能に見えることもある。
「日本人はね、日本教の信者なんだよ」と言えば終わってしまうけど、ここではもう少し日本人の信仰を掘り下げてみよう。

 

仏教系の学校で学んでいて、成人するとキリスト教の信者(カトリック教会)になったけど、新型コロナウイルス騒動で信仰から離れたという変わった経歴を持つカワモト野奈さんが、Japaaanの記事(2020年5月7日)で日本人の宗教心について書いている。

日本には「とりあえず仏教徒」「無宗教」が多く、キリスト教などの「一神教」が広まらない理由

「あなたの宗教は何ですか?」と聞かれたら、こう答える人が8割ぐらいじゃないかと思う。
ちなみにインドネシアでは、宗教がないというのは法律違反で無宗教は”犯罪者”になる。

 

ここに書いてあるように日本では世界最大の宗教・キリスト教がほとんど広がっていない。
カトリック・プロテスタント・オーソドックスなどをふくめたキリスト教の信者は総人口の1%前後で、文化は受け入れても信仰は拒否する日本人の姿が浮かび上がってくる。

その原因は、一神教に特有の考え方にあるとカワモトさんは指摘。
大学時代、キリスト教徒の友人(たぶん日本人)から、よくこんな主張を聞かされたという。

・仏教は偶像崇拝を行う邪教だ!
・キリスト教こそが唯一正しい宗教であり、他のものはすべて間違ったもの、邪悪なものである

また、「一般的な日本人と日本人クリスチャンの間で意見が合わない現実を目の当たりにすることはあります」ということの具体例として、新元号「令和」が発表されたころ、SNS上のキリスト教系のグループにはこんな書き込みがいくつもあったことをあげる。

・元号など即刻廃止するべき!なぜなら元号とは「神の栄光」ではなく「天皇の栄光」を表しているものだからだ。

さらに新型コロナウイルスの感染が広がるいま、高齢の猫を心配するカワモトさんに対して、あるクリスチャンはこんなことを言う。

・あなたの命の価値は猫と同等だと思いますか?私は絶対にそうとは思いません。聖書の言葉からもそう思います。(人間である)あなたの尊厳の方が、どんな可愛い大切な動物よりもあると思いますよ。

こんな経験からカワモトさんは、日本で一神教が浸透しない理由をこう書く。

このように、自国の文化を全否定されると反発したくなるのは、なにも「宗教」に限った話ではないでしょう。
多くの日本人が「無宗教です」と言う背景には、宗教を超えた「伝統や文化の否定に対する反発」が強く存在するのかもしれません。

 

この記事へのネットの反応を見ると、日本で一神教が受け入れられないことに共感して、その排他性に嫌悪を示す人が本当に多い。

・こまけーこたーいいんだよw
・でイエス様はコロナウイルスから信者を守ってくれましたか?
・キリスト教徒「仏教は、偶像崇拝を行う邪教だ!」<=やかましい!「怨敵退散!怨敵退散!}
・仏教って偶像崇拝というよりはセミナー系。
・ブッダも偶像崇拝は否定してる
キリスト教でもマリア像やら十字架やら偶像崇拝してるだろ
・その辺にいっぱい神様がいるのに
後から来た神様がお前ら俺だけ敬えあとは邪神!悪魔!って言ったら
そりゃバッシング食らうじゃん

 

 

ボクは歴史が好きであれこれいろんな本を読んできたけど、日本人の信仰や宗教観はずっと昔から変わっていない。
簡単に言えば「なにを信じてもいいけど争いだけはNO!」というもので、これこそ日本教だと思う。
ここでは先人の言葉に耳を傾けてみよう。

 

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この人は北畠 親房(きたばたけ ちかふさ)で、鎌倉時代から南北朝時代に生きた公卿で歴史家でもあった。
高校日本史で必ずならう重要人物だから、興味のある人はここをクリックですよ。

鎌倉幕府が倒れ後醍醐天皇による建武の新政が始まると、親房は政界に復帰したが、後醍醐天皇の専制政治には批判的で、必ずしも表舞台に立ったとは言えない。

北畠親房

 

親房は「神皇正統記(じんのうしょうとうき)」という歴史書を書いていて、その中で天皇に対して「それだけの資格がそなわっていなければならない」と注文をつける。

親房が考えた天皇の資格のひとつはこんなもの。

天皇としてはどの宗派についても大体のことは知っていて、いずれをもないがしろにしないことが国家の乱れを未然に防ぐみちである

「神皇正統記 慈円 北畠親房(日本の名著9 中央公論社)」

 

日本の神々は、この国に住むすべての人が安心して生活できることを本願としている。
だから天皇は自分よりも何よりも国民を優先して、統治を考えないといけない。
そのために最も大事なことは日本を平和に保つことで、そのために天皇はすべての宗派(宗教)を理解して、どれも同じように尊重する態度が必要になる。
それが日本の統治者の資格という。

この鎌倉時代の考え方は令和の日本人も変わらない。
キリスト教・仏教・神道・イスラム教など何を信じてもいいけど、いちばん大事なことは争いを起こさないことで、そのためにどれも正しくて同じ価値があると考える。
自分と違っていてもそれは間違いじゃないから、相手を否定しない。
そんな宗教観は現代の日本人の価値観にも合っている。
これが日本人の伝統的な信仰スタイルなだから。

宗教は平和の下にあるから、信じるものは何でもいいけど、平和を乱すものはいけないというのが日本教の神髄。

「いずれをもないがしろにしない」という親房の考え方からすれば、「キリスト教こそが唯一正しい宗教であり、他のものはすべて間違ったもの、邪悪なものである」なんて独善的な主張が受け入れられるわけない。
日本人は不寛容には寛容ではないのだ。

 

 

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2 件のコメント

  • > 「なにを信じてもいいけど争いだけはNO!」
    確かに、これこそ「日本教」の根本的信仰であると思います。
    で、そのことを裏付ける実例として、北畠親房:神皇正統記の記述「そのために天皇はすべての宗派(宗教)を理解して、どれも同じように尊重する態度が必要になる」を上げてもいいでしょう。ですが、それよりも更に古い年代の教えとして、聖徳太子:十七条憲法の第一条「和をもって尊しとなす」を個人的にはまず第一に上げたいところですね。

    なお日本以外の世界でも、エジプト文明や古代ギリシャ・ローマ文明の時代は、伝統的には、日本神道と同じように多神教が主流でした。多神教はアミニズムを基盤に持つものが多いですから、かつては、世界のほとんどの地域において、地元の神様信仰と結びついた多神教が主流だったはずです。
    それが、いつの間にか、中東発のユダヤ教を源流とする、キリスト教(カソリック、プロテスタント、東方正教会(=オーソドックス))及びイスラム教の世界三大一神教が、全世界のほとんどを席巻してしまいました。これはおそらく、一神教を信仰する民族・文化が飛び抜けて攻撃的であり、他の民族・文化を征服し、奴隷化して、奴隷の頭に宗教を植え付けることに熱心であったからだと思います。
    前述の日本教とは全く相容れない考え方ですね。

  • そうなんです。
    「和をもって尊しとなす」も日本人にとって大事な考え方で、私もここで入れようと思いましたが同じようなテーマで書くときに触れようと思いました。
    誰の意見が忘れましたが、多神教から最高神が生まれ、その存在がすべてを包括する絶対神になって、他の神々がなくなって一神教になるといった「宗教の進化」を書いていました。
    原始の宗教で多神教は一般的だったと思います。

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    今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。 また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。