「不幸というやつは斥候(せっこう)のように一人でやっては来ない。大軍でやって来る」
そんな言葉がシェークスピアの名作「ハムレット」にある。
日本語で言うなら「盆と正月が一緒に来たよう」の正反対、「泣きっ面に蜂」「弱り目に祟り目」で不幸や災いが一度に複数でやって来るという発想は日本にも西洋にもある。
いまのミャンマーがまさにそんな状態で本当に運がない。
ことし2月、ミャンマーで軍がクーデターを起こして国の統治権を力づくで奪ってしまう。
それまで国の実質的な指導者だった、国民民主連盟(NLD)のアウンサンスーチー氏は拘束され、いまの様子はくわしくわかっていない。
民主主義を破壊され抗議する市民に対し、軍事政権は圧倒的な武力で応えた。
ミャンマー国内外では抗議デモなどが行われ、これを国軍側が弾圧しているほか、少数民族に対しては空爆も加えている。
またデモ隊の中に私服を着た軍人や警察官を潜り込ませて、参加者を突然逮捕することもあるから、デモを開くことだけでもかなり難しくなった。
国軍が兵士の言動を監視しているから、疑問を感じても市民サイドにつくのは容易ではない。
軍がデモ参加者を徹底的に弾圧し、2月からの死者は1000人を超えた。
こんな社会的大混乱に加えて、いまミャンマーでは新型コロナウイルスが猛威をふるっている。
医療体制はひっ迫を超えて「全滅」といった状態のところも多くて、多くの患者は病院で治療を受けられず、酸素も得らないまま自宅で次々と死んでいく。
コロナによる7月の死者は6000人以上という。
日本にいるミャンマー人の中にも家族や友人をコロナで失った人がたくさんいて、「日本なら死ななかったのに」、「1万円あれば助かった」といった悲痛なSNS投稿を何度も見た。
でもそんなミャンマーの様子について、ことしの夏あたりからメディアでニュースがあまり流れなくなったし、ネット投稿もかなり減った。
それは軍が本格的に「SNS対策」に力を入れたから。
軍部の武器が銃なら、市民の最大の武器はスマホだ。
でもいまのミャンマーでは電話回線がハッキングされていて、プライバシーは存在しないも同然。
軍人が市民を殴りつける場面などをスマホで撮影する市民がいたら、捕まえたり容赦なく銃で撃ってくるから、市民からの情報が集まりにくくなった。
ミャンマーでいま何が起こっているか、外部に情報が伝わらない。
軍による情報統制は不幸なほどうまくいって、ミャンマーの「ブラックボックス化」が進んでいるから、国連もミャンマー軍の行為が国際法上の「人道に対する罪」にあたるかどうかハッキリ判断することができないでいる。
だから積極的に介入することもできない。
ミャンマーの国連大使は、「軍がクーデターを実行したのは軍幹部の私的利益のため」と指摘した。
実際、軍の幹部が経営に関与している軍系企業はかなりの特権を得ている。
そんな企業の1つ、「ミャンマー・エコノミック・ホールディングス・リミテッド(MEHL)」の株主の9割以上が現役・退役の軍人で、彼らには20年間で2兆円ものカネが支払われたという。
またミャンマー軍の司令官には、10年前の時点で企業から年3000万円の金が渡っていた。
*いま調べたら、一般的なミャンマー人の平均月収は2019年で10000円ほどしかない。
この軍の利権構造を崩そうとしていたのがアウンサンスーチー率いるNLDで、それを断固阻止するため、利益を守るために軍はクーデターを起こしたと言われる。
国際社会が直接介入することはできないから、軍にカネが流れないよう企業に圧力を加えたり、欧米は軍人の資産を凍結したり、軍系企業との取引の禁止をした。
それがことし上半期の出来事で、その後、ミャンマーのニュースはあまり聞かなくなった。
「ブラックボックス化」がどんどん進んでいるということか。
この場合は「便りがないのは良い便り」の逆で、不幸が大軍でやって来てミャンマー市民を襲っているのだろう。
国軍を認めない民主派が樹立した「統一政府」は先月はじめ、国軍に対する「戦闘開始」を宣言し、全国民に「国軍のテロリストによる支配に抵抗せよ」と訴えた。
時事通信の記事(2021年09月07日)
ミャンマー民主派、「戦闘開始」宣言 国軍への蜂起呼び掛け
「平和な国をつくるのに必要な正しい革命だ」
「命を犠牲にした全員を英雄と認める」
と述べて市民に檄を飛ばす。
ただ充実した装備を持ち、訓練と実戦経験を積んだ国軍を相手にしたら、死体の山が築かれる予感しかない。
といっても軍への沈黙は黙認と同じだから、黙ってられない気持ちも分かる。
そんな人間の事情に関係なくコロナウイルスはまん延するし、いまミャンマー市民はとんでもなく大きな困難と直面している。
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