『遠野物語』で有名な民族学者の柳田 國男(くにお)が明治時代、愛知県の伊良湖岬にいたとき、椰子が流れ着いているのを見つけた。
それを詩人で作家の島崎藤村(どっちも当時は大学生)に話す。
「このまえ伊良湖岬に行ったら、海岸で椰子の実を見つけてん」
「へえ…。(オチなし!?)」
といった会話があったと思われる。
といった会話があったと思われる。
でも天才・島崎藤村はその話から、遠い南の島で椰子の実が落ちて、それがずっと海を漂(ただよ)って日本までやったきたことをイメージしこんな『椰子の実』を作詞した。
「名も知らぬ 遠き島より
流れ寄る 椰子の実一つ
故郷(ふるさと)の岸を 離れて」
昭和になってから、この詩に曲が付けられて歌曲の『椰子の実』が誕生すると大ウケして、2007年には「日本の歌百選」に選ばれた。
海岸に椰子の実があったーー。
そんな当たり前の光景から、想像力を発揮して、日本の歴史に残る詩をつくった島崎藤村はやっぱりすごい。
さて令和の日本へタイムスリップすると、2023年の2月、伊良湖からわりと近い浜松市の遠州浜で、散歩をしていた市民が直径1.5m、重さ約300㎏の巨大な鉄球を見つけた。
結論からいうと、この物体の正体はよくわからん。
警察や爆弾処理班がこの球体を調査したところ、危険なものではないと確認できただけで、これが何なのか特定するまでには至らなかった。
「ある日突然、海岸に謎の球体が漂着した」という出来事は世界的な関心を集める。
たとえばイギリスBBCは「ミステリアス」と表現する。(2023/02/23)
Mystery sphere found on beach perplexes Japan – BBC News
ちょうどこの時、中国の偵察用気球とみられる物体がアメリカ軍に撃墜される出来事があって、世界的に安全保障にはナーバスになっていたことも、この鉄球に国際社会の関心が集まった原因になっている。
安全が確認されたところで、ネットではこの正体を突き止める動きが活発化した。
・ボンバーマンやん
・サイヤ人の宇宙船じゃねえだろうな
・浅間山荘のやつだろ
・桃太郎だろ
・GANTZのやつ?
イギリス紙「ガーディアン」は記事の見出しにスパイバルーン、ドラゴンボール、UFOと書く。(Wed 22 Feb 2023)
Spy balloon, UFO or Dragon Ball? Japan baffled by iron ball washed up on beach
何かが始まった予感。
それにしても、直径1.5m、重さ約300㎏の鉄球って海岸に漂着するものか?
ふつうは海底に沈むだろ?
そう疑問に思ってしまうのだけど、この球体の正体は不明でも、現実にそうなったことは判明しているから逆に不思議。
360° 海に囲まれている日本には、古代からいろんなモノが流れ着いてきた。
それで江戸時代には、異国の人間が船でやってきたという「虚舟(うつろぶね)」の伝説が各地で生まれる。
1844年に描かれた「虚舟」
江戸時代に描かれた「虚舟」
なかでも特に有名なのが、常陸国(ひたちのくに:茨城県)の浜で見つかったというこの虚舟だ。
この虚舟(うつろぶね)についてはこんな記録が残されている。
鉄でできていて、丸い形をした窓がある。
虚舟には文字のようなものがある。
この舟でやってきた異国の女性は箱をもっていた。
冒頭の柳田國男は虚舟を「神の乗り物」と推測した。
何をどこまで信じるかは自己責任で、詳しいことはここで確認しよう。
最も著名な事例が後述の享和3年(1803年)常陸国のものであるが、それ以外にも寛政8年(1796年)加賀国見屋のこし、元禄12年(1681年)尾張国熱田沖、越後国今町、正徳年間伊予国日振島、明治16年(1883年)神戸沖などの記録がある。
島国の日本ではいまでも海外といえば、それは異国を意味している。
昔の日本人は海の向こうには神の住む「異世界」があると信じて、海岸に流れ着いたものを神さまがくれたプレゼントと考えて感謝したり、その漂着物を神(寄り神)として祀る信仰があった。
浜に打ち上げられたイルカ、クジラ、ジンベエザメなどをまとめて「えびす」と呼び、各地の漁村で漁業神として祀られて、いまでもその伝統が残っている地域もある。
また、大きなクジラが海辺に置いてあった(座標した)ことで、飢饉から救われたという言い伝えもある。
ご先祖さまはこうした漂着物を”偶然”ではなく、それを神からの贈り物、つまり必然と考えたのだ。
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漂着物を文化にしたり、椰子の実1つで名作をつくったりした江戸・明治時代の日本人に比べると、「ボンバーマン」や「GANTZのやつ?」といういまの日本人は科学が発達したぶん、想像力は乏しくなっているかも。
江戸時代なら、マッコウクジラの「淀ちゃん」はきっと神になってた。
恵みをもたらす七福神が海の向こうからやってきたという考え方にも、日本人の伝統的な発想が根本にあるはず。
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