はじめの一言
「彼らには、キリスト教国民の持っていないと思われる一つの特質がある。武士が如何に貧困であろうとも、平民の者が如何に富裕であろうとも、その貧乏な武士が、富裕な平民から、富豪と同じように尊敬されているということである。(フランシスコ・ザビエル 戦国時代)」
・前回の話
・「割り勘」という英語が、なんで「ダッチペイ(オランダ人の支払い)」なのか?
・韓国人が割り勘を嫌いな理由
・日本人が割り勘が好きな理由
・前回の話
外国人の友だちに、こんな質問をした。
「日本人の嫌なところを教えて」
すると、30歳くらいの韓国人と台湾人からは、同じ答えが返ってきた。
「日本人の割り勘が好きじゃないです」
韓国人の友だちは、割り勘をこう言っていた。
「友だちと飲みに行って、何でお金のことをそんなに気にするのかって、驚きました。日本人はケチだな、って思いました」
台湾人の友だちは、日本人が飲み屋で食べたり飲んだりして後に、携帯やスマホ取り出して、合計金額を人数で割っているのを見ると、「情けないと思います」と言う。
この「割り勘」を、韓国語で「ダチペイ」と言う。
英語の「Dutch pay(ダッチ・ペイ)」が韓国語になった。「Dutch」は、「オランダの」「オランダ人の」という意味。
ここから、今回の記事。
・なんで、「ダッチペイ(オランダ人の支払い)」なのか?
そもそも、何で「割り勘」という英語が、「ダッチペイ(オランダ人の支払い)」なのか?
実は、これには、やや差別的な意味がある。
「英語では割り勘のことを「Dutch treat(オランダ人のおごり)」「Go(ing) Dutch」と呼ぶ。これは大航海時代に、イギリス人がオランダ人にケチのイメージを定着させようとしてこう呼んだのが起源とされる。
(ウィキペディア)」
ボクも、大学の授業で、この「ダッチペイ」に由来を聞いたことがある。
イギリス人が、「オランダ人=ケチ」という悪意をもって、「割り勘」を「ダッチペイ」と呼ぶようになったらしい。
ここで思い出してほしい。
韓国人の友だちが、「割り勘」を「日本式支払い」と言っていたことを。
これだと、「ケチな人間の支払い」というニュアンスがないだろうか?
大学の授業では、「ダッチペイ」という言葉は、オランダ人をバカにするニュアンスがあるから、今のイギリスでは使わないと聞いた。
そのところは、どうなんだろう?
ということで、イギリスに聞いてみた。
「別に使ってもいいけど、out of fashion(今は使わない)」らしい。
ついでに、気になってイギリス人に「日本人ってケチだと思う?」って、メールで聞いてみた。返ってきたのが、これ。
I don’t know…maybe more so than other places…compared to Indonesia yes.
控えめな言い方だけど、やっぱり「日本人はケチだと思う」と言っている。
このイギリス人は、英会話学校で働いていて、日本人はもちろん、アメリカ人、オーストラリア人、フィリピン人たちと交流がある。
「日本人が他の国よりケチ」というのは、あくまで彼女の感想だけれど、「外国人に比べて、日本人がどうなのか」ということを知りやすい立場にいることは間違いない。
彼女に「日本人の嫌なところ」を聞いたときに、「お金に細かいところ」をあげていた。要するに、「ケチ」ということなんだろう。
彼女のメールには、「インドネシア人に比べたら、明らかにそう」だとある。
これは、ボクも賛成。
というか、インドネシア人の金使いはかなり問題がある。
ボクの周りのインドネシア人は、遊びにお金を使い過ぎる。
彼らには、貯金という概念がない。
カンボジア人やタイ人もそう。
でも、いろんな外国人と付き合っていると、「日本人は、お金を気にしすぎる」というのは感じる。
遊びに行っても、お金をどこまで使うかを決めていたり、今どれくらい使っているかを考えたりすると思う。
タイ人やインドネシア人は、「日本人の友だちと飲みに行って驚いた」と言うこと話していた。
「飲んでいる途中で、日本人が今、合計金額がいくらになっているかを確認したのを見た」ということで。
彼らは、絶対にそんな「みっともないこと」はしないという。
ボクが知っている限り、外国人は遊びに行ったら、お金をほとんど気にしない。
そんな外国人から見たら、日本人は「ケチ」に見えるかもしれない。
・韓国人が割り勘を嫌いな理由
ところで、何で、韓国人は、割り勘を嫌って、おごるのが好きなのか?
これを50代の韓国人のおじさんに聞いてみた。
この答えが、面白かった。
「韓国人は、お金がなくなっても、何としても生きていけるんですよ。でも、メンツがなくなると、ダメです。すぐに死んでしまいます」
というもの。
「いいところを見せる」といった見た目やメンツを大事にしているから、割り勘は嫌で、「ここはオレが出す!」と言うのが好きらしい。
スマホで計算しているのを見ると、情けなくなる、というのも、メンツが保てなくなる、ということにつながると思う。
きっと、飲んでいる最中に、勘定を計算するのも、格好悪いだろうなあ。
でも、酒の支払いでメンツを大切にするのはいいけど、韓国人の場合、歴史認識でも、メンツにかかわる問題になってないか?
「認める・認めない」という認識に、「メンツ」がかかわってきて、感情として認められない、という面があるように思う。
ここまでをまとめると、こんな感じ。
台湾人と韓国人は、「割り勘は敵」という金銭感覚。
タイ人やインドネシア人は「貯金は敵」という金銭感覚。
日本人は、割り勘は当たり前、貯金は頼もしい味方・美徳という金銭感覚。
イギリス人は、日本人とインドネシア人の中間の金銭感覚。
まあ、ボクがいろんな外国人とつき合って感じたのが、こんなもの。
ボクは、日本人が割り勘が好きなのは、「義理」という日本人に独特の考えが理由だと思っている。
ルースベネディクトの「菊と刀」では、義理という言葉を英語にすることは不可能だという。
「義理」は「義務」とは類を異にする一連の義務である。これに相当する言葉は英語には全く見当たらない。また、人類学者が世界の文化のうちに見いだす、あらゆる風変わりな道徳的義務の範疇の中でも、最も珍しいものの一つである。それは特に日本的なものである
日本独自の範疇であって、「義理」を考慮に入れなければ、日本人の行動方針を理解することは不可能である
金は命より重い!