はじめの一言
「私が非常に素晴らしいと思うのは、日本が、最も近代的な面においても、最も遠い過去との絆を持続し続けていることができるということです(レヴィ・ストロース 昭和)」
「日本賛辞の至言33撰 ごま書房」
今回の内容
・天皇のつらさ
・天皇の資格
・天皇のつらさ
現在の天皇陛下が皇太子だったときに、こんなエピソードがある。
皇太子の中等科の頃の社会科に「天皇」の項目があって、その授業の時に、学友の背中をトントンと叩いたというんです。
ひょっと振り向いたら、紙切れを渡されて「世襲とは辛いものだね」と書いてあった。
自分はもう好むと好まざるとに関わらず、天皇にならなくちゃいけないという冷厳な宿命を感じたんでしょうね・・・。「生テレビ・熱論 天皇 (テレビ朝日出版部)」
天皇には「職業選択の自由」という基本的人権がない。
生まれたときに、天皇になることが決まっている。
「Jリーガーになりたい」とか「事業を起こしたい」と思ってもムリ。
たぶん、天皇も「自由に仕事を選べたらな」とお考えになったことはあったのと思う。
でも天皇家に生まれたら、それはムリ。
だから、こう紙に書いたのだろう。
「世襲とは辛いものだね」
前にアメリカ人からこんな話を聞いた。
「アメリカでは、天皇という存在はありえない。あってはいけない。アメリカは自由と平等の国だから、『生まれながらの皇帝』というものを否定している。誰にでも天皇になるチャンスがあって、努力したら天皇になれるのなら、それはアメリカ的な考え方だ」
「誰もが努力して天皇になることができる」って、それは天皇じゃない。
もっとも、非日本的な考えだ。
・天皇の資格
でも、「天皇家に生まれたら、それだけで天皇になることができる」というわけではないようだ。
「天皇家に生まれただけではダメ」
それだけでは「天皇になる資格がない!」と言った人が鎌倉時代にいた。
それが、後醍醐天皇の臣下だった北畠親房(きたばたけ ちかふさ)。
後醍醐天皇とは「建武の新政(1333年)」をした天皇のこと。
北畠親房は「天皇には、それにふさわしい資格がほしい」と言う。
でもそのまえに、北畠親房という人を確認しておこう。
「北畠親房(ウィキペディア)」
高校の日本史ではこう習う。
北畠親房 1293~1354
後醍醐・後村上天皇に仕えた南朝の重臣。吉野や常陸小田城などで作戦を指揮し、南朝勢力の保持・拡充に努めた
(日本史用語集 山川出版)
親房は「神皇正統記(じんのうしょうとうき)」という本を書いている。
北畠親房が常陸小田城で北朝と対戦しながら執筆した歴史書。1339年成立。『大日本国は神国なり』に始まり、神代より後村上天皇までの皇位継承の経緯を述べており、大義名分論に基づいて、南朝の正統性を主張している
(日本史用語集 山川出版)
天皇の臣下だった親房は、神皇正統記でこう訴えている。
これまでにもたびたび述べてきたことではあるが、天日嗣(あまひつぎ)の皇位を継承し、正統の天子たるべき人には、それだけの資格がそなわっていなければならない。
「神皇正統記(慈円 北畠親房 日本の名著9 中央公論社)」
親房の考える「天皇の資格」とは何か?
天下の万民はすべて神の子である。神は万民の生活を安らかにすることを本願としている。したがって天皇の位がいかに尊いものであるからといって、天子一人が喜び、万民がこれに泣くということは、天も許さず神も祝福を与えはしない。
(同書)
日本にいる人間は、けっして「天皇のもの」ではない。
鎌倉時代の表現で「神の子」だといっている。
「天子一人が喜び、万民がこれに泣く」というのは、天皇だけが楽しい生活をして、日本中の人びとが苦しい思いをするような状態。
西太后がしたような「国の私物化」を、北畠親房は嫌ったんだろう。
そんなことは、「天も許さず神も祝福を与えはしない」と強くいさめている。
親房は天皇の臣下という割には、天皇にたいして厳しい言い方をしている。
「神は万民の生活を安らかにすることを本願としている」
神は、日本に住む人たちが安らかに生活することを願っている。
親房の言う「天皇の資格」とは、そのために考えて行動することだろう。
明治天皇について知ると、明治天皇はまさに親房のいう「天皇の資格」を備えていた天皇だったと分かる。
たとえば、明治天皇はこんな考え方をしていた。
自分の好き嫌いに従いたくなかった。好きなことをやらないのが美徳だと考えていたのです。楽しみを断る、自分は楽しむために生まれてきた人間ではない
(明治天皇を語る ドナルド・キーン)
終戦直後の昭和天皇について、マッカーサーはこう言ったという。
「マッカーサー元帥も、‘天皇を法廷へ出したら、天皇は私に全責任があるといってしまう、そういう人だから絶対出すな’といった」ということをいいました。
「生テレビ・熱論 天皇 (テレビ朝日出版部)」
次回からは、そんな明治天皇について書いていこうと思う。
20歳のころの明治天皇
(「明治天皇を語る ドナルド・キーン」から)
おまけ
神皇正統記で、北畠親房は天皇につかえる臣下についてこう書いている。
天皇に仕える臣下としては、君をあがめ民をあわれみ、天を仰いでもわが心の汚さゆえにその光に浴することができないのではないかと恐れ、雨露の恵みを見ても自分の行ないが正しくないためにその恩恵に与(あずか)ることができないのではないかと反省するようでなければならぬ。
当時の天皇の臣下とは、今でいう政治家でいいだろう。
ということで、今の日本の政治家のみなさんにもぜひ読んでほしい一文ですね。
特にこの部分。
「民をあわれみ、天を仰いでもわが心の汚さゆえにその光に浴することができないのではないかと恐れ」
こちらの記事もいかがですか?
コメントを残す