今回は「地名」について書いていこう。
日本にある中国、日韓にある「道」、そして近江・遠江・都田の由来についてだ。
「中国地方」の由来
前回の記事で、「日本にある中国」について説明した。
岡山県・広島県・山口県・鳥取県・島根県の5県は、なぜ『中国地方』と呼ばれているのか?
「畿内(京都・大阪・奈良のあたり)」と「西海道(九州地方)」の中間にあることから、古代の日本で「中国」と言われていた。
大ざっぱに言うと、現在の関西から北九州のあいだが「中国」だったのだ。
畿内を中心として、近国・中国・遠国に分けたときの中国がいまの中国地方になる。
「中国」の由来はこの説が有力で、中国(中華人民共和国)とは関係ない。
日韓にある「道」という行政区分
上記の西海道の「道」というのは「みち」ではなく地域区分のことで、北海道の「道」と同じだ。
これは中国で定められた行政区分に由来する。
7世紀、唐の皇帝(太宗)が中国全土を関内道、河北道、河南道など「十道」に分けた。
この中国発の区分システムが東アジアに伝わり、日本や朝鮮、ベトナムでも全国を「道」に分けた。
古代、日本の中央政府が定めた「五畿七道」は、今も日本の地名に大きな影響を与えている。
五畿:大和、山城、摂津、河内、和泉の五国
七道:東海道、東山道、北陸道、山陽道、山陰道、南海道、西海道
当然、この七道は「みち」ではなく地域のこと。
現在の日本で「道」は北海道しか残っていない。
でも韓国では今でも、ソウルのある京畿道、全羅北道、江原道など「道」によって全国が分けられている。
中国とベトナムでは歴史の中でこのシステムは廃止され、現在でも「道」を置いているのは日本・韓国・北朝鮮の三国だけだ。
近江・遠江の由来
先ほど書いたように、古代の日本では都に近いところを「近国」、遠く離れた九州を「遠国」、その間にあるところを「中国」と呼んでいた。
これと同じような発想でつけられた地名が静岡にもある。
それが「遠江(とおとうみ)」だ。
浜松市をふくめた静岡県西部は、昔は「遠江」といわれていた。
そのため、今でも遠江総合高校や遠江病院、遠州鉄道などがある。
遠江の「遠」は「都から遠い」という意味だ。
昔の日本語で塩分を含んだ水、つまり海を「潮海」(しおうみ)と呼んで、湖(淡水)のことを「淡海(おうみ)」と呼んでいた。
この考え方にもとづいて、都に近い淡海が琵琶湖、遠い淡海が浜名湖と呼ばれるようになる。
浜名湖は「遠い淡海(とおいおうみ)」だから、その周辺が遠江(とおとうみ)と呼ばれるようになったという。
『藩名・旧国名がわかる事典の解説』には次のような説明がある。
とおとうみのくに【遠江国】
現在の静岡県西部を占めた旧国名。国名は、琵琶湖の「近淡海(ちかつおうみ)」に対する「遠淡海(とおつおうみ)」(浜名湖のこと)に由来。
そして、近淡海(ちかつあはうみ)の琵琶湖のあたりは、「近江国」と呼ばれるようになった。
つまり、「遠江国」と「近江国」は対になっているのだ。
浜松や彦根市に住んでいる人たちは気づいていないだろうが、都市の歴史としては「兄弟」みたいなものだ。

浜名湖に沈む夕日
「遠江」に関係してもうひとつ、紹介したい地名がある。
浜松市の北部にある「都田」だ。
話は奈良時代の末期、都が京都に移される前にさかのぼる。
「都に適したところはないかな~?」と日本各地を探していたところ、いくつか候補地が見つかった。
その中に現在の「都田」があり、桓武天皇が「ここがみやこだ!」と言ったことが、「都田」の由来になったという。
この説を信じるかどうかは読者の判断にまかせるが、地元ではわりと有名な話だ。
都田にある有名豆腐店「勘四郎」のホームページにはこう書いてある。
実際、都田は京都の地形とよく似ていて盆地や川があり、都田地内には「鴨川」、「丸山」といった京都にある同じ地名が存在しています。
1000年以上前の木簡には、この地域が「京田」と書かれていた。
そんなこともあり、都田という地名は京都に関係していると考える人は多い。
『天竜浜名湖鉄道』は都田の由来についてこう説明している。
地名は、いにしえ人が都恋しさから付けられたと言われていますが、定かではありません。
日本にある中国、北海道、近江・遠江・都田といった地名の由来をたどると、「すべて都に関係している」という共通点がある。

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