さてさて、はじめにクエスチョンです。
いまや人類と糖尿病の友だち、チョコレート。
人間が初めてチョコレートを食べた(飲んだ)最古の記録はいつでしょう?
答えは、およそ3900年前。
そのころ中米にいた人たちが最古のチョコレート(カカオ入り飲料)を飲んでいた、と考古学者は考えていた。
そう考えていたのだけど、実は違った。
それより古いおよそ5300年前だったらしい。
国際研究チームが南米エクアドルの遺跡から、最古のカカオと見られる痕跡が見つかったと発表。
くわしいことはAFPの記事(2018年10月30日)をどーぞ。
チョコレート飲食、5300年前から 南米の遺跡に最古のカカオ痕跡
フランスの遺伝学者は「これまでに確認された最古のカカオの痕跡であり、南米でカカオが使われていたことを示す唯一の考古学的な証拠だ」と興奮気味。
その時代、南米の人たちは何の目的でチョコレートを摂取していたのか?
カナダの大学教授によると、カカオの痕跡のある陶器が葬祭場から見つかったことから、「カカオは儀式で重要な飲料の原料として使われていた可能性が高い」と、まるでコナン君。
5000年前の人類がカカオを使って、どんな儀式をしていたのかは不明。
以下、ネットの推理。
・確か、インカ帝国とかではカカオというかチョコレートは皇帝の飲み物で、砂糖ではなく唐辛子を入れて飲んでいたと聞いたことがある
滋養強壮のために飲んでいたらしい
・リポビタンDか
・ココアは目が覚める。元気になったと思うのは砂糖の影響大な気がする。
・オカカ遺跡はないのか
・脱脂してココアにせず、カカオそのままって飲みづらそう。
・入浴剤にしてたかもしれん。
・当時は明治と森永どっちが人気だったんだろう
・カカオ=チョコレートなのか?
「チョコを食べると鼻血が出る」という都市伝説は、カカオにふくまれるチラミンのせいだとか。
チラ見、いやチラミンには、血圧や心拍数を上昇させる効果があるから。
儀式で使われたというのは、体を興奮させて神を乗り移らせるとか?
カカオの学名「Theobroma cacao」のTheobroma は、ギリシャ語で「神の食べ物 」を意味するという。
やっぱり、普通の食べ物より異世界に近い。
チョコレート飲食の人類最古の発見があったということで、今回はチョコレートの歴史を書いていこうと思う。
5300年前に南米で飲食されていて、いつヨーロッパや日本に伝わったのか?
そしてチョコレートを初めて食べた日本人は誰なのか?
これから、そんなことを知っていきましょー。

チョコとかんけーないのだけど、5300年前といえば、有名な「アイスマン」が亡くなった時代じゃないか。
アイスマン(英語: Iceman)は、1991年にアルプスにあるイタリア・オーストリア国境のエッツ渓谷(海抜3,210メートル)の氷河で見つかった、約5300年前の男性のミイラである。
日本でいえば縄文時代後期で、稲作が始まったころか?

ハイ!
「アイスマン」の時代、ヨーロッパにはカカオもチョコレートもありゃしない。
ヨーロッパにカカオが伝わったのは、大航海時代の16世紀ごろで、コロンブスが持って来たと言われている。
当時のチョコレートは苦かった。
苦味をなくすため、スペイン人がチョコレートに砂糖を入れるようになり、そのやり方がヨーロッパ各地に広がっていく。
いまのチョコレートの原型はこのときにつくられたわけだ。
では、日本人が初めてチョコを知ったのはいつのころか?
そしてそれは誰なのか?
ヒント:お札の肖像画になったことがある人ですよ。
日本で初めてチョコレートを食べたのは、岩倉具視と言われている。
「ぐし」じゃなくて、「ともみ」と読む。
*伊達政宗が1613年に派遣した慶長遣欧使節の支倉 常長(はせくら つねなが)が、日本人初のチョコレート・イーターという説もあるけど、公式な記録が残っていない。
岩倉具視(1825~1883)は公卿であり政治家。
日本が結んだ不平等条約を改正するために、岩倉使節団は欧米に向かう。
これは中学校の歴史でならうことだから、覚えておこう。
岩倉使節団
明治政府が明治4年(1871)に欧米に派遣した使節団。正使の岩倉具視以下、大久保利通・伊藤博文・木戸孝允ら107名がおよそ2年間、各国を歴訪し不平等条約改正を目指したが果たせなかった。
デジタル大辞泉の解説

岩倉使節団のメンバー
左から木戸孝允、山口尚芳、岩倉具視、伊藤博文、大久保利通という幕末・明治のスーパースター。
明治6年(1873)に、岩倉たちはフランスでチョコレート製造場を見学して、そこでチョコレートを食べている。
その味は、使節団の報告書を見てみよう。
「ソノ味香ニシテ、イササカノ苦味ヲ帯フ」
「人ノ血液ニ滋養ヲアタヘ、精神ヲ補フアリ」
やっぱり、リポビタンDだったか。
岩倉具視はチョコレートをはじめ、生活物資を大量生産するヨーロッパに度肝を抜かれた。
特に工場で生産されるのは、道具や武器だけに留まらず、チョコレートやビスケットなどの身近な食料すら大量生産され、自国での消費だけでなく、世界各地に輸出されているという状況には驚嘆した。もはや条約改正どころではなく使節団は各国への留学が主要目的となった。

最近、日本のチョコレート界に激震が走った。
森永が2019年の夏までに、チョコフレークの生産を終了すると発表したから。
チョコの敵はスマホだった。
「チョコで指がベタベタになると、スマホを操作したくねー」という人たちが増えたことが大きな原因で、チョコフレークの売り上げは5年前と比べると半減したとか。
またひとつ、チョコレートの歴史が終わってしまう。

巨星乙
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