何この違い?日本人には”誇り”でも、海外では”無名”の杉原千畝

 

「日本2大杉原」といえば、一般的には、杉原杏璃と杉原千畝といわれている。
前者はこの前結婚した杉原で、後者は約80年前にユダヤ人を助けた杉原。

今回の話はもちろん杉原杏璃だ。とかいう話はこれぐらいにして、杉原千畝の話題に移ろう。

杉原千畝(1900年 – 1986年)については、高校の日本史でこう習う。

日本のタレント、元グラビアアイドル。広島県、福山市出身。スターダストプロモーション、ARIMAXを経て、現在はフィットワン所属。

 

あ。こっちだった。

杉原千畝

リトアニアの首都カウナスの日本領事館代理の時、ナチスの迫害を逃れたユダヤ人らに、日本通過のビザを発給。1969年、イスラエル政府から『イスラエル建国の恩人』として表彰された。

「日本史用語集 (山川出版)」

杉原千畝はリトアニアにいた外交官で、約6000人のユダヤ難民を救ったことで知られている。

 

杉原が出したビザは「命のビザ」と呼ばれる。

 

2018年1月にリトアニアを訪問した安倍首相は、「杉原氏の勇気ある人道的な行動は世界中で高く評価されている。同じ日本人として誇りに思う」と話していた。

 

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杉原千畝

 

ナチスの迫害に苦しむユダヤ人を救った杉原千畝は、イスラエルでも高く評価されていている。
2016年には、エルサレムに「杉原千畝通り」ができた。

AFPの記事(2016年6月8日)から。

氏の功績をたたえ、同氏の名を冠する通りの命名式典が7日、イスラエル沿海の都市ネタニヤ(Netanya)で行われた。

イスラエルに「杉原千畝通り」、功績たたえる

エルサレムとイスラエルの国旗

 

杉原千畝は間違いなく、日本人として誇りに思える人だ。
そんな有名人だからこんな争いも起きる。

愛知のCBCテレビが放送した番組で、杉原が記したという手記を、本人ものではない可能性が高いと伝えた。
これに、手記を保管しているNPO法人「杉原千畝命のビザ」が怒る。
名誉を傷つけられたとして、放送倫理・番組向上機構(BPO)に訴えた。

でも結果はセーフ。
放送人権委員会は、CBCテレビの放送は名誉毀損にはならないと結論付ける。

朝日新聞の記事(2018年11月7日)から。

番組は出生地に関する疑問を提示し、八百津町の対応を問う内容だと視聴者には受け止められるとして、「申立人の社会的評価を低下させるものではなく、名誉毀損とはならない」と結論づけた。

杉原千畝の出生地伝えた番組、BPO「名誉毀損でない」

結果はともかくとして、日本人が杉原千畝をどれほど重要に考えているかを示す出来事だ。

 

 

杉原千畝は日本人には知られているけど、海外ではそうでもない。

今年8月に京都のゲストハウスで出会ったイスラエル人2人に杉原千畝の話を聞いてみた。
すると、「そんな人は知らない」と高速で否定されてしまった。
イスラエル政府から「イスラエル建国の恩人」と表彰された人なのに。

しかもそのイスラエル人は、エルサレムで生まれ育っている。
2016年に「杉原千畝通り」ができたエルサレムの出身なのに、杉原千畝もその通りのことも初耳だった。

普通のイスラエル人もきっと知らないという。
イスラエルではピカチュウのほうが有名だとか。
ピカチュウが出すのは命のビザじゃなくて電撃なのに。

 

そして最近、リトアニア人の留学生と話す機会があった。
彼に聞いてみると、「杉原千畝なら知っている」と言う。
リトアニアでは知られているんだ!と思ったら、ぜんぜん違った。

彼がそれを知ったのは今年になってから。

日本への留学が決まって日本のことを調べていたら、杉原千畝を「発見」した。
それまでは一度も聞いたことがなかったし、留学がなかったら、知ることもなかったという。
一般のリトアニア人はまず知らないらしい。

 

個人的な経験だけど、杉原千畝は思っていたよりも、海外ではずっと無名の人だった。
冗談ではなくて、全体的にみれば、海外では「日本2大杉原」の前者の方が有名だったりして。
でも、イスラエル人やリトアニア人に日本人がたずねることで、徐々に知られていくようになると思う。
杉原千畝は、いま日本人が有名にしている人物ではないか?

 

 

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今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。 また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。