いつか突然トリアージ。大津の園児死亡事故から。

 

「日本の常識は世界の非常識」 という言葉はもう聞きあきた。というほど、昔からよく言われている。

これも世界的には非常識の部類にはいると思のうだけど、 1977年(昭和52年)にダッカ日航機ハイジャック事件が起きて乗客を人質にとられたとき、福田首相は「一人の生命は地球より重い」と言って、テロリストの要求を”丸のみ”してしまった。
日本で服役していた複数の日本赤軍のメンバーを釈放して、600万ドル(当時で約16億円)を犯人側にわたす。

これはすべて乗客の命を最優先にした結果なのだけど、テロリストの主張をそのまま認めたことに対しては海外から非難が噴出。

日本政府の「超法規的措置」は、テロに悩まされた多くの諸外国から「(日本から諸外国への電化製品や自動車などの輸出が急増していたことを受けて)日本はテロまで輸出するのか」などと非難を受けた。

ダッカ日航機ハイジャック事件

ただ、こうしたのは日本だけではない。

 

「一人の生命は地球より重い」というのはそのとおりだけど、それは相手と場合による。
テロリストの言うがままに金を払ってしまえば、それを元手にまた別のテロ事件を起こすだろう。
そのやり方が有効と思えば、マネする人間も出てくる。
将来的には結局、何十何百人の命が危険にさらされるか分からない。
だからいまの世界の常識は、「テロリストとは交渉に応じるな。絶対にだ」だろう。

「人の命は地球より重い」という考え方は正しいけれど、どこまでも正しいわけではない。
現実にはやむを得ない限界もある。
たとえばこんなときだ。

京都新聞の記事(5/9)

大津園児死亡事故、トリアージの生々しい現場 助かる可能性低い黒タグ2人「悔しい判断」

保育園児の列に車が突っこんで、2人が亡くなった事件についてはよく知っていると思う。
このとき現場ではトリアージがおこなわれていた。
トリアージとはもともと「選別」を意味するフランス語で、いまでは大地震などで一度に多数の患者が出たときに、その重症度に応じて治療の優先度を決めることをいう。

限られた時間や人手でできる限り多くの人命を救うためには、「選別」をしないといけない。
助かる可能性がある人を優先して、その可能性がないと判断された人には治療をおこなわない。たとえまだ息があったとしても。

 

トリアージ・タッグ

黒:明らかに救命が不可能なもの(=治療は受けられない)。
赤:一刻も早い処置をすべきもの。
黄:赤ほどではないが、早期に処置をすべきもの。
緑:歩行可能で、今すぐの処置や搬送の必要ないもの。

 

大津の事故で医師や救急隊員がトリアージをおこなって、2人に「黒タグ」を付けなければいけなかったという。
その悔しさや無念は言葉にならないだろう。
ふだんは悪口で埋まるネットもこれには同情がほとんど。

・命と向き合うってのはきれいごとじゃないんだよな
・同じぐらいの年の子がいる隊員はトラウマだろ
・医師がいたから、その時点で死亡確認した場合は黒タグは付かないよ。まだ生きていたよ
・葬儀屋で働いてる知人も小さな子供の葬儀が一番きついって言ってたわ
・自分の子供に黒タグ着いてるの見たら発狂しちゃいそう

「一人の生命は地球より重い」という価値観とトリアージというシステムは大矛盾というか正反対だ。
この言葉に共感する人ほど、トリアージをするのも受け入れるのも辛いはず。
でも、しかたがない。
そんな簡単な一言ですませないといけない場合が人生にはある。

 

 

阪神淡路大震災や東日本大震災のときに、トリアージがおこなわれたという話は聞いていたけど、こんな交通事故でもおこなわれるというのは知らなかった。
今回の大津の事故で、トリアージはけっこう身近にあるということがわかった。
だからいつか突然、自分の身内に黒タグが付けられることがあるかもしれない。
そうなったら、しかたがない。
トリアージとは知識ではなくて覚悟の問題だ。

 

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今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。 また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。