「インドのCCB」とはカレー・カースト・仏教のことで、日本人ならきっと誰でも知っている。
カーストというヒンドゥー教の身分制度はもう日本語になっていて、本来の意味を離れて、日本社会のいろいろな現象をさす言葉になっている。
たとえば神奈川カーストみたいに。
・お金持ち:鎌倉>逗子>葉山>横浜都心部>大磯>その他
・ランクは、市で分けるより、むしろ沿線で分けないか?東急東横線>東急田園都市線>小田急線>市営地下鉄>京急>相鉄線>相模線>箱根登山
小田急は確かに世田谷や成城学園前を通ってるが、その部分は東京都なので神奈川県内カーストでは相当下になる。
日本で「カースト」はネタとして使われるけど、インドでは今でも深刻な社会問題を引き起こしている。
「ダリット」と呼ばれる最下層カーストの女性
「casta(カスタ:血統の意) 」というポルトガル語に由来する「カースト」については、学校でこうならったと思う。
バラモン:ヒンドゥー教の僧でいろいろな儀式をおこなうことができる。
クシャトリヤ:王や貴族で人々を支配する側の人。
ヴァイシャ:いわゆる「市民」で、おもに物を作ったり売ったりする。
シュードラ:いわゆる「労働者」や「奴隷」で、上の3つの身分につかえることがおもな仕事。
この4つの身分制度を「カースト」と言った。
そう、「カースト」はもう過去形なのだ。
いまの学校の教科書には「ヴァルナ」と書いてある。
でもここでは昔ながらのカーストと呼ぶことにする。
カーストの「発生原因」についてはこの記事をどうぞ。
インドにカースト(ヴァルナ)制が生まれた理由。今も続く理由。
インドではカーストによる差別は禁止されたけど、カーストという身分制度はいまでもある。
上の4つのカーストに属さない人(アウト・カースト)もいて、そうした人たちは「ダリット」などと呼ばれている。
現在でも差別にあうのはこういう人たちで、つい最近もこんな凄惨な出来事がおきた。
イギリスBBCの記事(2019年05月20日)
殺されたのは、身分の高い人の前で食事をしたから……インドに根強く残るカースト制度
インド北部にある村で、ダリットの1人が上位カーストの人間から集団暴行を受けて死亡した。
殺された理由はタイトルにあるように、「食事をしたから」。
結婚式で上位カーストの人たちを前にして、イスに座って食事をしたことでこのダリットの男性は殺害されてしまった。
でもこれは地元警察や式に参加していなかったダリットたちの推理で、この結婚式にいた人たちは報復をおそれて口を閉ざしているという。
BBCの記事にはそのときの様子が書いてある。
ジテンドラさんは泣きながら結婚式場を後にしたが、少し離れたところで再び襲撃され、さらに残忍な仕打ちを受けた。
母親のジータ・デヴィさんは次の朝に、今にも崩れそうな自宅の前に、けがをしたジテンドラさんを見つけたという。
ジテンドラさんはこのあと病院で息を引き取った。
いまでもカースト制度を強く支持する人(いわゆるヒンドゥー至上主義者)の中には、”下のカースト”の人と同じ場所で食事をすることを嫌がり、避ける人もいる。
当然のことながら、過去にさかのぼるほどこの傾向は強くなる。
今回のようなアウト・カーストの人間が、その身分を隠して上位カーストの人間と食事をしたらどうなるか?
1800年ごろのインドにいたヨーロッパ人はこんな記録を残している。
*パッライヤはアウト・カーストの人間
このようなむこうみずな罪を犯したパッライヤは、もしも相手が気づけば必ずその場で殺されるだろう。
「カーストの民 (平凡社)」
こういう考え方がいまでも残っている。
最近のインドは、ヒンドゥー教徒からの支持を集めるインド自民党、いや間違った、インド人民党が勢力をのばしている。
それと同時に懸念されるのが、上のような事件を起こす過激なヒンドゥー教徒の増加だ。
朝日新聞の社説(2019年5月25日)
人口の8割はヒンドゥー教徒で、イスラム教徒への暴力事件などが相次いでいる。いまも残る身分階層で最も低いとされる「ダリト」への差別も深刻だ。
インドの政治 13億人の公平な発展を
民主主義が浸透すると社会は「脱・宗教」の方向へ向かっていく場合もあれば、ますます特定の宗教の影響力が強まることもある。
いまのところインドは後者だ。
おまけ
ダリットの村
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