【同じ過去で違う現在】韓国と台湾は日本の統治をどう見る?

 

これは2019年6月25日の検索キーワード。
この日、何人もの人がこうした言葉からこのサイトへたどり着いた。

 

日本とタイの関係?
良好か好調の好きなほうを選べばいい。
ユダヤ人と韓国人?
よく分からないけど、韓国ではドイツと日本を歴史の加害者、ユダヤ人と韓国人を被害者と設定することがあるから、その話だろうか?

でもここで取り上げたいのはその下、「台湾総督府をなぜつぶさない?」という疑問。
この発想の前提は、「韓国は朝鮮総督府を破壊したのに」のはずだ。

日本はアメリカに負けるまで、朝鮮半島と台湾を統治していた。
その中心となったのが総督府で、それぞれの建物はとてつもなくデカかった。

 

上が朝鮮総督府で下が台湾総督府

 

韓国で朝鮮総督府の建物は屈辱の象徴だったため、1995年に爆破解体された。
一方、台湾総督府建物はいまでも台北市に保存されている。
それだけでなくて、台湾の総統府としていまでも使用されているのだ。
同じ過去を持っているけど、まるで違う現在がある。そこで「なぜつぶさない?」という疑問が生まれたのだろう。

日本統治のシンボルを完全に消し去った韓国といまでも有効利用する台湾を比較すると、日本への見方の違いがよくわかる。
韓国ではあの時代の建物や影響を見つけては排除しようとする。

ことし5月にも中央日報にそんな記事(2019.05.05)があった。

친일 문인 시비 땅에 묻고, 지명 변경…친일 청산작업 어디까지?

韓国の江原道春川市にある公園に、3人の「親日派」の詩が刻まれた碑が建てられていた。
日本統治に協力的だった韓国人はいまでは親日派と呼ばれ、「民族・国家の裏切者」として嫌われている。

日本と韓国の歴史観の違い。国家公認の裏切り者「親日派」。

でも、どんな基準で「親日」になるかはあいまいだから、韓国国内でも親日認定には疑問の声もある。

今回の3人ケースでは、2人が創氏改名した名前(日本人名)で親日文学を発表したこと、1人は朝鮮総督府中枢院参議を務めたことが“罪”とされ、彼ら3人の詩碑が公園から撤去された。

*韓国はよく戦前・戦中の日本をナチス=ドイツと重ねるけど、ユダヤ人がナチス党のなかで重要な地位に就くことをヒトラーが認めるわけない。
ナチス=ドイツと日本は同盟関係にあったけど、やっていることは違う。
台湾はそういう主張をしないから、旭日旗をナチスのハーケンクロイツと同一視して非難することもない。

さて韓国での“親日除去作業”だけど(韓国では「親日清算作業」なんていう)、春川市の公園では親日派3人の詩と同時に表示石も一緒に地面に埋められた。
記事によると、韓国文人協会春川支部長が「親日行跡疑惑のある文人や芸術家に関する痕跡の撤去は教訓的な側面で必ずしなければならない」と熱く語る。

こんな感じで韓国では、日本統治の遺物を現代韓国の異物として消し去る活動がよく行われている。
日本風の地名を韓国風に変える運動もそのひとつ。

でも台湾は違う。
台湾ではあの時代の建物に歴史的価値を見出して、積極的に保存しようとする。
たとえばことし7月、台南市にある日本統治時代の「台南消防の父」の旧宅が審議をへて、正式に市の古跡となった。

「インド独立の父はガンディーだけど、台南消防の父ってだれ?」と思った人はフォーカス台湾の記事(2019/10/05)を見てみよう。

「台南消防の父」は、1919(大正8)年に台南初の私設消防団「台南消防組」を組織し、10年以上にわたって防災などに尽力した日本人、住吉秀松に対する尊称。住吉は明治生まれの実業家で、台湾では建設会社「住吉組」を設立し、鉄道や橋りょうなどのインフラ整備に携わったほか、当時の自治組織「台南市協議会」の会員も務めた。

「台南消防の父」旧宅、晴れて市の古跡に 審議委が認定/台湾

 

統治時代の日本人を尊称で呼ぶことは韓国では考えられない。
韓国のニュースに比べて、台湾でのこういう出来事は日本でほとんど知られていない。
日本人はもっと台湾に関心をもって、台湾人を通じて歴史を学んでもいい。
住吉秀松が住んでいた家は台南市が保存しているから、台南に行ったら足を運んでみよう。
きっと「はじめてなのになつかしい。」を実感できるから。

 

以上、見てきたように、日本の隣人は同じ過去をもっていても、現在の見方や対応はぜんぜん違う。
でもそれは主に建物の話であって認識は別。
韓国は総督府を完全になくしたけど、あの時代を持ち出していまでも日本を非難する。

それに対して台湾は建物を残しているけど、過去を現代の問題にはしない。
日本統治の記憶を消し去ったわけではないけど、「過去は過去」と認識しているから、それを蒸し返して日本に謝罪や反省を求めることはない。
「台湾総督府をなぜつぶさない」ということは日本人として考えてみる必要がある。
同じ過去があっても現在が違うのは、歴史の伝え方が違うから。
韓国と台湾では歴史教育のやり方が違う。

 

台中には日治時代の建物を保存改築した観光スポット「宮下眼科」がある。
宮下というのは統治時代の日本人医師のことで、いまではその名前だけ残されている。
ここでもなつかしい歴史に触れることができる。

 

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弟が特攻隊員として死にそうになると兄が「日本のために死ぬ必要はないから逃げろ」と言って止める。

自分 は、 朝鮮 を 代表 し て いる。 逃げ たり し たら、 祖国 が 嘲 われる。 多く の 同胞 が、 一層、 屈辱 に 耐え なけれ ば なら なく なる、 と」

山本七平. 洪思翊中将の処刑 (Kindle の位置No.492-493). Panda Publishing. Kindle 版.

 

 

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今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。 また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。