【日本の多文化共生】在日イスラム教徒の不安、信仰 vs 法律?

 

地球上にいる人間はみんな同じで、国籍や肌の色が違っていても分かり合えるし友だちにもなれる。
でも、すべての人が自分と同じと考えるのは、間違いというか壮大な思い上がり。

価値観や考え方は宗教や民族などで独自のものがあって、例えば人間の誕生の仕方も宗教によって違うのだ。キリスト教やユダヤ教、イスラーム教では、人は神によって「つくられた」ことになっている。
それに対してヒンドゥー教や仏教では輪廻転生によって、この世に「生まれてくる」ことになっている。

両者の考え方は違っているけど、それぞれ正しいから互いが認め合うしかない。
もし自分を善、相手を悪と考えて「同じ」にしようとしたらきっと戦争になる。

 

これはリオ五輪で行われたビーチバレーでの一枚。
イスラーム教の考え方で女性は肌を見せられないからこういう姿になるけど、競技にはまったく問題ない。


さらに「人生の終わり方」も宗教によって違う。
キリスト教やユダヤ教、イスラーム教では伝統的に遺体は土葬されるけど、ヒンドゥー教や仏教では火葬が一般的。
信仰が違えば、「さよなら」の仕方も変わるのだ。

さて、いま新型コロナウイルスが世界中で猛威を振るっている。
不幸にしてその犠牲者は日本で600人以上、世界では数十万人を超えていて、こういう言い方は不謹慎ながら、この病気で亡くなることはもう珍しいことではない。

日本の法律(感染症法)によると感染リスクを抑えるために、新型コロナのような感染症にかかって亡くなった人は原則として火葬される。
そこで土葬を絶対視するイスラーム教徒の間では、いまこんな不安や問題があるという。

神奈川新聞の記事(5/8)

在日イスラム教徒(ムスリム)も自身の信仰に沿った埋葬が困難な状況に陥っており、亡くなった後もコロナ禍の受難に見舞われる恐れがある。

忍び寄る“葬儀崩壊” 感染防止策は公的扶助対象外、ムスリム土葬困難…

 

イスラーム教徒にとって、火葬されるというのはどういうことなのか?
記事の中で、日本イスラーム文化センターのクレイシ事務局長(国籍不明)がこう話している。

「ムスリムにとって土葬は絶対。火葬は故人の侮辱に当たる。(感染者の)土葬が認められなければ、国際問題に発展してしまう」

イスラム教にとって死とは通過点で、土葬には土から生まれた命を土に返すという意味合いがあるとか。

また日本に30年ほど住んでいて、いまは神奈川で飲食店を経営するイラン人のイスラーム教徒の思いはこうだ。

「火葬を受け入れることはできない。ムスリムにとって絶対に守られなければならない権利」と訴える。休業補償など他国に後れを取ってきた日本の対応を顧み、「ムスリムが亡くなって火葬され、問題となってからでないと対応してもらえないのでは」と危機感を強める。

 

日本の対応は他国より遅れている?
これはこのイラン人の意見か、神奈川新聞のものかは分からないけど、とにかくイスラーム教徒として火葬には反対らしい。

ただ日本の感染症法では、都道府県知事の許可があれば土葬は認められているから「絶対不可能」ではない。
それで日本イスラーム文化センターの事務局長は、ことし4月に結核で亡くなったムスリムが茨城で土葬を認められた例をあげて、「新型コロナの感染者も同様に扱ってほしい」と話す。

信仰と法律がぶつかったらどうなるのか?
ネットの反応を見てみると、やっぱりイスラーム教徒にとっては厳しいものばかり。

・宗教の前に法律を守るのは当然の話。
・感染症は火葬しないと終わらないだろう
死体からも感染するのに宗教がどうのじゃない
生きてる人間が死んでしまう
・なら死体を輸出して送るしかない
・日本人ならどこの国に住んでもその環境に溶け込める
・火葬は個人への侮辱というが
その個人の遺体が誰かを感染させて死に至らしめたら
侮辱程度では釣り合わないだろ
・厚労省が公開してる統計「平成28年度衛生行政報告例」によると
日本全国でも死体の埋葬(土葬)は128件しかない。

 

でもこれは「信仰 vs 法律」ではなくて、日本にいる以上、法律と法律のぶつかり合いになる。
感染症で亡くなった人の土葬は原則禁止だけど、日本国憲法では信教の自由は認められているから、知事がOKを出したら土葬が可能だし、それが出なかったらイスラーム教徒があきらめるしかない。
もしそれが不当と思うのなら、裁判に訴えればいい。
その権利もちゃんと法的に認められている。

最終的には最高裁判所が下す結果しだいで、法の下では誰もが平等だから、その判断は日本人も外国人も受け入れるしかない。
それに法律を変えることも合法的にできるから、そのための運動をするのもひとつの方法だ。

それらすべてが嫌なら日本を出て、自分の価値観に合った国で暮らせばいい。
日本はその自由も認めている。

オリンピックもそうだけど大事なものはルール。
信仰の自由は認められるけどそれはルールの範囲内で、みんなが同じきまりに従わなかったらスポーツはできない。
日本人も外国人も日本の法や価値観に従って行動しなかったら、多文化共生なんて不可能だ。

 

それにしても、「土葬が認められなければ、国際問題に発展してしまう」という言い方はマズイだろう。
その国に住む人たちの合意や理解を得るのではなくて、「外圧」によって自分たちの要求をかなえようとするのは、回りまわって自分たちを住みづらくしてしまうのでは?

 

 

 

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1 個のコメント

  • >地球上にいる人間はみんな同じで、国籍や肌の色が違っていても分かり合えるし友だちにもなれる。
    これはたぶん無理でしょうね。人類はそこまで賢い動物までには、最終的に進化できない可能性が高い。
    もちろん、目標とすることは可能であり、賛成ですが。

    >「ムスリムにとって土葬は絶対。火葬は故人の侮辱に当たる。(感染者の)土葬が認められなければ、国際問題に発展してしまう」
    「宗教」などという「もったいつけた迷信」を信じて、それに基づいて具体的な発言・扇動・行動をおこすような人間が存在する限り、上記の目標達成は無理でしょう。特に中東起源の三大一神教は人類文明のだと思うな。

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    今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。 また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。