版籍奉還と廃藩置県の違い/藩の完全消滅に国内の反応は?

 

きょう7月14日は「ペリー上陸の日」。
幕末にやって来たアメリカの軍人ペリーが、江戸幕府に開国を求める国書をわたした。ということを前回に書いたワケだが、きょうは「廃藩置県の日」でもある。

ペリー来航は江戸を終わらせて明治を誕生させた大きなきっかけだから、この両者はつながっているのだ。と理解して、これから版籍奉還と廃藩置県の違いや国内の反応について書いていこう。

 

廃藩置県の2年まえ、1869年に版籍奉還がおこなわれて藩がなくなり、土地と人民は明治政府が統治することになったのだけど、旧藩主がそのままトップ(知藩事/藩知事)となっていたからこれは形式的なものに過ぎなかった。

それで1871年(明治4年)7月14日、明治政府は全国の藩知事を東京の皇居に集め、天皇の名のもとに、藩はなくなって府県に置き換えられることを言いわたす。

廃藩置県によって明治政府から派遣された県知事(県令)がその地方を統治することで、江戸時代の藩は名実ともに完全消滅した。

くわしいことはここをどうぞ。

藩は県となって知藩事(旧藩主)は失職し、東京への移住が命じられた。旧藩主家の収入には、旧藩の収入の一割があてられ、旧藩士への家禄支給の義務および藩の債務から解放された。

廃藩置県

皇居で廃藩置県が伝えられたときの様子

 

将軍が天皇に政権をゆずった大政奉還、版籍奉還&廃藩置県という江戸から明治への移り変わりは、21世紀からみると教科書の中の出来事だけど、当時としてはこれは「革命」と言っていいほどの大変革だった。

日本が中央集権国家になると、各地の旧藩主や家来は用済みの、「いらない子」にされてしまうかもしれない。
だから廃藩置県に対しては当然、反発が予想されていた。
武装解除に応じない旧藩主がいたら、明治政府は薩摩・長州・土三藩出身の兵で構成された親兵で鎮圧するつもりだった。

欧米列強がアジア諸国を植民地支配しているときに、中央への反乱が全国各地で起こったら大変な事態になるから、明治政府としては冷や冷やしながら廃藩置県を進めていたはずだ。
じっさいこのあと起きた西南戦争では、旧薩摩藩の軍勢が明治政府に戦いを挑んでいる。

 

でも廃藩置県によるメリットはあって、江戸時代の藩が商人から借りていたお金がチャラになった。
薩摩藩のばあいは「無利子250年分割払い」という壮大な借金があったけど、これもなくなった。貸し手の商人は気絶したとおもう。

まーこれは薩摩藩の家老・調所 広郷(ずしょ ひろさと)が悪い。

当時、薩摩藩は500万両の借金を抱えて財政破綻寸前となっていた。これに対して広郷は商人を脅迫して借金を無利子で250年の分割払いにし

調所 広郷

そんなことを言ったら、薩摩は2020年のいまでも借金返済中じゃないか。

 

調所 広郷(1776年 – 1849年)

 

結果からいうと、藩を完全消滅させた明治政府に対して、反乱を起こした旧藩主はいなかった。
このへんはやっぱり天皇の存在が大きい。
天皇がいなかったらこんな奇跡は不可能だ。

例外は旧薩摩藩主の島津久光で、「怒りの花火大会」をおこなったのはけっこう有名。

これに激怒し、抗議の意を込めて自邸の庭で一晩中花火を打ち上げさせる。旧大名層の中で廃藩置県に対してあからさまに反感を示した唯一の例になる。

島津久光

お可愛いこと。

 

 

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6 件のコメント

  • >まーこれは薩摩藩の家老・調所 広郷(ずしょ ひろさと)が悪い。
    >当時、薩摩藩は500万両の借金を抱えて財政破綻寸前となっていた。これに対して広郷は商人を脅迫して借金を無利子で250年の分割払いにし

    それ、悪いことですかね? 莫大な借金を抱えた藩の存続を確保するには、その手しかなかったのでは?
    実際、もしも藩が財政破綻なんかしたら、その地方は今の県が財政破綻するようなもので、上から下まで大混乱になってしまうでしょう。それを防ぐためだったと思えばまあ、仕方がないのでは。

    >そんなことを言ったら、薩摩は2020年のいまでも借金返済中じゃないか。

    そりゃそうですけど。現在の日本国政府も同じじゃないですか?「日本国債」この莫大な借金はどうせ完全に返済することはおそらく永久に不可能でしょう。きっと、今から250年後になっても借金返済中ですよ。

  • 脅迫して金を出させて返さなかった。それは悪いことだと思いますよ。

    江戸時代の大名貸しと現在の日本国債はまったく別ものです。

  • >脅迫して金を出させて返さなかった。それは悪いことだと思いますよ。

    うーん、どうかな。いちおう「借金」という形で、無利子とは言え、少しずつでも返済する意思はあったのでしょ?
    借金を返済するつもりどころか、はなから借金なんかするつもりがなくて、他国へ攻め込んで奪い取る帝国主義の時代よりは、よほど人道的だったと思いますけど。

    >江戸時代の大名貸しと現在の日本国債はまったく別ものです。

    行政(政府)が、国民から「借金」しているという意味では、全く同じです。時代と政治体制が違えば経済システムについての比較ができないという訳じゃない。もう少し経済学を勉強した方がいいと思いますね。

  • 江戸時代の薩摩藩と帝国主義の欧米列強は別です。

    「無利子250年分割払い」というのは現在の国債では無理でしょう。

  • なんか、ブログ主さんは「道徳的に正しいか、悪いことか」ということに非常に拘る傾向が見られますね。
    私は理系出身者なので、そのような価値判断にあまり重きを置いた考え方をしません。世の中の出来事とか減少は、押し並べて、その機能・特性および唯物論的関係性に基づいてのみ価値判断すべきであると考えるものです。

  • >押し並べて、その機能・特性および唯物論的関係性に基づいてのみ価値判断すべきであると考えるもの

    「夢想家、元は反戦左翼主義だった、「中庸」を信奉するようになった、その程度の浅い信念」は唯物論的関係性に基づいてのみ価値判断した結果とみていいのですか?

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    今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。 また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。