中国人の不満:日本が世界で東方文化の代表になったワケ

 

きょねんラグビーワールドカップが日本で開催されたとき、イングランド代表の試合を見に来たイギリス人と知り合った。
どこに行きたいか聞くと、「日本文化に興味がある!」と言うので彼をお茶博物館に連れて行って茶道体験をさせることに決定。

上の写真はそのときの一枚で、ラグビーボールの形の和菓子と竹細工のゴールポストというみごとな和洋折衷に、ラグビーの母国からやって来たイギリス人も「ワオッ」と感激する。
茶室に入って正座でお茶をいただいた彼は、「これこそパーフェクトな日本文化だ」と笑顔で言う。

このあと茶道の先生と話をしていたとき、「外国人はみなさん、茶道体験をよろこんでくれますね」と先生が言ったあと「あ、でも前に、こんな中国人のかたがいらっしゃいました」とこんな話をする。

その中国人は抹茶を味わって茶道のルールや思想などを知って、体験そのものは楽しんだものの、茶道を日本文化ということには納得しなかった。できなかった。
「この起源は中国にあります。だから茶道は中国文化のひとつなんです」と主張し、一切の反論を受け付けない。

個人的にもそう言う中国人に会って面倒くさい思いをしたことがあるから、どうやってその場を収拾したか聞いたら、「そういう人は『大きな幼稚園児』と考えていますから、こちらも『そうですね』と言って終わりです」と大人の対応をして収めたらしい。

「喫茶という習慣は中国から伝わったものですけど、茶道は日本で生まれた独自の文化です」という先生の意見には全賛成で、そもそも中国には畳がなかった。

日本と中国文化の“決定的な違い”。椅子の国と畳の民族

 

畳なしでは日本の茶道は成り立たないから、茶道を中国文化にふくめることには、無理と無茶とごう慢がある。
でも海外で有名になった日本文化の中には、茶道をふくめてルーツをたどると中国文化にいきつくものがいくつかある。
あるアメリカ人は「ゼン」という日本料理のレストランがあったから、「禅」は完全に日本文化と思っていた。
「禅」という言葉は中国語で、禅は中国で発展して日本に伝わった仏教だから、これは茶道のような独立した日本文化とはちょっと違う。

日本に純粋な禅宗が伝えられたのは、鎌倉時代の初め頃であり、室町時代に幕府の庇護の下で日本仏教の一つとして発展した

でも中国禅を始めた人はダルマというインド人僧だから、禅にはさまざま国の要素が入り混じっている。

 

客観的にみるといま世界では、日本の文化が中国文化より知名度があったり、高い評価を受けていることがあるし、東アジアの代表格とみられる場合もある。
東アジアの文化宗主国としての自負がある中国人にとってはこの状況には不満があるらしく、中国のポータルサイト・百度が「どうして西洋人にとって、日本が東方民族文化の代表者なのか」とする記事を掲載した。

サーチナの記事(2020-08-28)

なぜ中国ではなく、日本が「東方文化」の代表になったのか=中国メディア

 

なぜかといえば、まずはスピードが違う。
19世紀中ごろに日本は開国して欧米諸国との交流をはじめた一方、当時の中国は排外的で外国文化を受け入れることも、自国の文化を海外に紹介することもなかった。
当時は朝鮮半島も似たような状態だったし、ベトナムはフランスの植民地だったから、東アジアの中で欧米との文化交流をもっとも早くはじめたのは日本だ。

さらに現代に理由を求めると、日本は文化輸出戦略に優れていたから。

「中国の文化コンテンツやその輸出戦略は日本ほど精緻で細やかなものでないうえ、欧米人のテイストに合わせて変えられる部分を変えるという姿勢を持ち合わせていない」ため、この点で中国は日本に及ばないと中国メディアは伝える。
つまり日本は宣伝上手だったということだけど、この点では最近の韓国に負けているのでは?

さらなる情報は上の記事を検索して見てもらうとして、海外で「日本文化が東方文化の代表」というイメージが定着した背景にはこんなことがあったという。
でもこれから中国や中国人の影響力が高まると、この図式も変わるかもしれない。

さてこの記事に日本のネットの反応は?

・歴史に一貫性があるからね
・そりゃあ焚書坑儒とか文化大革命とか定期的に自国の伝統文化を壊してるからだろ
・西洋人がどれだけ中華料理食ってると思うてんねん
・動画検索でJapan と入れると韓国の動画がズラリ
・法隆寺とか東大寺とかが残ってるのはデカイよな。
中国も遥か昔の建造物や物品が残ってたら、どれほど素晴らしいのか。
・ピカソやモネ、チャップリンでさえ、日本文化の大ファンだ。
・でもまぁベースは中国伝来の物がいっぱいだしそんなに気にしなくても。

 

なぜ中国ではなく、日本が「東方文化」の代表になったのか?
その理由には、岡倉天心のように英語をマスターして、日本文化を積極的に海外へ紹介した先人がいたこともある。

 

 

明治時代、岡倉天心はアメリカのボストン美術館から招かれて、中国・日本美術部長を務めていた。
この時点ですでに、日本人が東アジア文化の代表者になっていた感がある。
日本の茶道を欧米に紹介するため、岡倉は英語で「茶の本」を書いてニューヨークの出版社から刊行した。
この中で岡倉は茶道と禅、道教、華道との関わりや日本人の美意識や文化を外国人に分かりやすく解説している。

日本が東方文化の代表者になった理由のひとつがこれで、この時代に自国の文化を英語で紹介することに成功した中国人はいなかっただろう。

 

ちなみに岡倉は立派な大和魂の持ち主で、欧米人に対して卑屈になることはなかった。
羽織・袴でアメリカの街を歩いていたとき、若いアメリカ人から「おまえたちは何ニーズ? チャイニーズ? ジャパニーズ? それともジャワニーズ?」とからかわれたとき、「我々は日本の紳士だ、あんたこそ何キーか? ヤンキーか? ドンキーか? モンキーか?」と英語で言い返す。

そんな岡倉天心は1913年9月2日に亡くなったから、今日は彼の命日になる。
偉大な先人に感謝感謝。

 

 

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今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。 また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。