日本、フランスと戦いベトナムを独立させるも、評価なし

 

きのう9月2日は、日本では「宝くじの日」や「くつの日」という記念日になっている。

でも75年前の1945年のこの日、日本が降伏文書に調印して第二次世界大戦が終結したことから、当時の連合国にとって9月2日は「対日戦勝記念日」(VJデー)だ。

この2つを並べると、どうしても日本人の「お花畑感」を感じてしまう。

 

さてベトナムに目をむけると、1945年9月2日にベトナム民主共和国(北ベトナム)が独立を宣言したことから、この日は国慶節(独立記念日)となっている。
ということできのう、あるベトナム人がSNSでこんなお祝いメッセージを投稿した。

本日9月2日は🇻🇳ベトナムの 建国記念日(独立記念日) です。75年前に1945年9月2日、ホー・チ・ミン主席が独立宣言 を発表し、ベトナム民主共和国が成立。東南アジア初の社会主義国家が誕生しました。
🇻🇳建国記念日はベトナムの各祝日の中で最も重要な祝日に位置づけられ、街中には赤いベトナム国旗が溢れ、タクシーにもベトナム国旗が掲げられています。
P.s 私達も建国記念日を祝うために、一本呑んできまーす😀

 

日本の建国記念の日も、街が日の丸であふれるほどド派手に祝ってもいいのでは?
P.s あんたら毎日呑んでんじゃん。

 

ベトナム国旗

 

太平洋戦争がはじまったころ、ベトナムは主権を失ってフランスの植民地支配を受けていた。
これが「フランス領インドシナ」で、この地がちょうどインド文化圏と中国文化圏の境い目だったことから、インドシナ(英語ならIndochina)と呼ばれるようになったのだ。

くわしいことはこの記事をどうぞ。

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そんな状況だったベトナムに、「欧米からのアジア植民地解放」をスローガンに掲げる日本軍がやって来た。
日本の言う大東亜戦争の目的が「民族解放」ならフランスと戦ってベトナムの地を人民に返せばよかったけど、当時の日本はフランスのヴィシー政権と友好関係にあったため敵対することはなく、フランスと一緒にベトナムを「共同統治」することとなる。

ベトナムの民衆にとっては日仏の二重統治体制になるわけだから、負担と気持ちは重くなるわけだ。

でも1944年6月、連合国軍がノルマンディー上陸作戦でドイツ軍を蹴散すと状況は一変。
8月にヴィシー政権が崩壊し、シャルル・ド・ゴールによるフランス共和国臨時政府が樹立すると、日本の敗戦も見えてきて(日本の降伏はこの翌年)、ベトナムにおける日仏共同統治も終わりを迎えることとなった。

フランスとの関係が敵対的となったことや、「欧米からのアジア植民地解放」を戦争の目的としていたことなどから、日本はベトナムにいたフランス軍(フランス領インドシナ軍)に攻撃することを決め、同時にフランスの保護国だったベトナム・ラオス・カンボジアの各皇帝・国王に独立宣言をうながした。

はじめは気乗りでなかったベトナムのバオ・ダイ皇帝も、日本にプッシュされる形でついには腹をくくった。

これを受けて、ベトナム阮朝の保大帝(バオ・ダイ)は、フランスとの保護条約を破棄し、チャン・チョン・キム(陳仲金)を首班とするベトナム帝国(越南)樹立を3月11日に宣言した。

明号作戦

日本軍に降伏するフランス兵

 

日本軍によるこの明号作戦で独立を宣言したものの、日本は5ヶ月後の8月15日に降伏したことで、後ろ盾をうしなったバオ・ダイ皇帝に対して、ベトミン(ベトナム独立同盟会)が蜂起し(八月革命)、ベトナム帝国を打倒してホー・チ・ミン率いるベトナム民主共和国を成立させた。

そして1945年9月2日にホー・チ・ミンが独立宣言をおこない、現在のベトナム人が「建国記念日を祝うために、一本呑んできまーす😀」と言う状況をつくる。

そこでは当然、日本の影響下にあったベトナム帝国を一切認めていない。

真実は、我々はフランスからではなく、日本から我々の独立をもぎ取った。
フランス人は逃亡し、日本人は降伏し、皇帝バオ・ダイは退位した。我々の仲間はおよそ一世紀に渡って縛り付けて来た鎖を破り、祖国の独立を勝ち取った。

ベトナム独立宣言

 

ベトナム共産党によるナショナル・ヒストリーではベトナム帝国は「日本の傀儡」で、我々が「独立をもぎ取った」と記すのは当然のこと。
それにいま、この日は国旗を持って街にくり出して愛国心を爆発させる日だから、「日本の貢献」は気持ち的にも認められないはずだ。

 

でも日本の立場からすると、太平洋戦争で日本軍がフランス軍と戦わなかったら、このときの独立宣言は不可能だったわけで、結果的にベトナム独立を後押しした面はある。
さらにいえば敗戦後、ベトナムに約600人の日本が残り、ベトナム側が彼らを参謀や教官として迎えてその知識や経験を吸収し、それがのちのベトナム戦争での勝利に結びついた事実もある。

日本人としては、ベトナムと日本の両面から明号作戦やベトナム独立を理解しておこう。

 

 

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今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。 また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。