【小野篁】昼は朝廷で天皇、夜は地獄で閻魔王に仕えた謎役人

 

三度のケバブよりアニメが好きな(しらんけど)トルコ人留学生(20代の女性)をお寺に連れて行って、仏教の地獄について話をしていると、「そういえばむかし、井戸を通って地獄へ行った日本人がいたよね?たしかオノと言ったような…」と言い出す。

地獄に行ったオノ。
そんなアニメ・タイトルみたいな人物に心当たりはないのだが?
「日本三大オノ」といえば小野妹子・小野小町・オノヨーコと思うのだけど、そいつは一体どのオノだ?と思ってスマホで検索したら、トルコ人が言っていたのは平安時代の貴族で文人の小野篁(おのの たかむら:802年~853年)のことだった。

 

地獄を見た男・小野篁
小野妹子や小町と同じ小野氏の人間だ。

 

当時の日本でトップレベルの頭脳を持っていた小野篁は、すぐれた感性と才能を持つ文化人でもあった。
天皇に学問を教える学者・侍読(じどく)という名誉ある仕事をまかされて、同時に秀逸な漢詩をつくって宮中の人をうならせる。
書においても彼の右に出る者はなく、字の上手さは中国の王羲之(おうぎし)に匹敵すると言われるほどだからまさに神レベル。
篁の書いた字は後の時代に書を習う日本人の手本となったいう。

小倉百人一首には彼が詠んだこんな和歌がある。

「わたの原 八十島かけて 漕ぎ出でぬと 人には告げよ 海人の釣舟」

「広い海原をたくさんの島々を目指してこぎ出してしまったと、都にいる人に伝えておくれ、漁師の釣船よ」といった意味らしい。
この天才は遣唐使に選ばれたけど唐へ行くのを嫌がり、嵯峨天皇の怒りを買った結果、島流しの罰を受けた。この歌は、京都を離れてこれから島に向かう篁の悲しみや孤独、不安を表している。
でも2年で罪は許されて京都に戻り、再び宮中で仕えることができたというのも飛びぬけた才能があったから。
まさに芸は身を助くですね。

 

こんな天才奇人文化人の篁(たかむら)には、地獄とこの世を行き来したという伝説がある。

昼間は朝廷で官吏をしていて、夜になると井戸を通って地獄に行って閻魔(えんま)大王の補佐役となり、裁判の手伝いをしていたという話が『今昔物語集』や『元亨釈書』などの平安・鎌倉時代の説話集にある。
昼は天皇、夜は閻魔王に仕えた役人。
小野篁とはそんなミステリアスな人物だ。

あるとき篁が地獄の閻魔庁で働いていると、病気で死んだ知り合いの藤原 良相(ふじわら の よしみ)がやって来た。
「あれ?良相さんじゃないですか」と話しかけると、「おまえ、篁?なんで地獄にいんの?」と良相が驚く。
「閻魔大王、この人いい人ですよ」と篁から聞いた閻魔王は「あ、そうなの?じゃあ君、まだ死ななくていいよ」となって、藤原良相はこの世に戻ってくることができた。

また病気で急死した藤原 高藤(ふじわら の たかふじ)も地獄の閻魔庁に行って、「高藤さん?」「あれ、篁?」というやり取りがあったあと、閻魔王からOKをもらってよみがえることができたという。

細かいセリフは置いといて、そんな話が先ほどの説話集にあるので興味のある人はぜひご一読を。

 

左が閻魔王で右が小野篁の像
閻魔王の像は篁が作ったといわれる。
地獄でもこんな感じで働いていたのでは。

 

トルコ人が大大大好きなアニメ「鬼灯の冷徹」の中で小野篁がこの世とあの世を行き来して、閻魔王に仕えて友人を助ける話がでてくる。
三度の鯖サンドよりこのアニメが好きで、「日本の地獄って楽しそう!行ってみたい」とワケのわからんことを言うトルコ人はこのアニメを何度も見たから、「地獄」と聞いて、日本人のボクも知らなかった小野篁がすぐに頭に浮かんだ。
イスラーム教の地獄はひたすら火で焼かれるだけで「ボーリング(つまらない)」らしい。
まぁ激痛は免れないけど。
地獄へ行ったら友人と再会して、この世に戻ってくることができたというコミカルな設定がこのトルコ人のツボにはまったから、この話はよく覚えていたという。

死者が生前におこなった善悪の行為を記録した「閻魔帳」というノートがあることをこのトルコ人は知っていて(もちろん先生は「鬼灯の冷徹」)、イスラーム教にもこれと似た考え方があると言う。
人の善行を記録する天使が右肩、悪行を記録する天使が左肩にいて、最後の審判のときにこれがチェックされる。
クルアーン(コーラン)にも「右肩と左肩に座っており、一言といえども書き漏らすことはない」とある。

 

小野篁の像や彼が地獄から戻ってきたという「黄泉がえりの井戸」が清水寺に近い六道珍皇寺にあるから、京都旅行のさいには地獄をのぞいてみるのも一興ですよ。

本堂背後の庭内には、篁が冥土へ通うのに使ったという井戸があり、近年旧境内地より冥土から帰るのに使った「黄泉がえりの井戸」が発見された。

六道珍皇寺

小野篁が地獄通いに使っていたという井戸(左奥)
この井戸を見るには事前申し込みが必要とあるから、いつでも自由に見られるわけではなさそう。

オマケに言うと小野篁が作った閻魔王の像が基となって、京都の上京区にある「ゑんま堂」ができた。
さらに言うと京都市北区には紫式部のお墓があって、その横には小野篁のものと言われる墓がある。
「源氏物語」で人間の愛欲を書き、その不道徳性から紫式部は死後、地獄落ちた言われていた。それを救ったのが小野篁という伝承があるのだ。

 

閻魔大王の前で藤原 良相(よしみ)を弁護する小野篁

鬼灯の冷徹

 

 

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1 個のコメント

  • 日本の地獄は楽しそう。「鬼灯の冷徹」によれば、閻魔大王だって仕事をさぼることはあるし、聖獣(麒麟など)だって祝日を間違えることもある。神様だって時には失敗する。まさに八百万の神と鬼たちが、それぞれ自分なりの役割を果たそうと一生懸命に働いて、天国や地獄の秩序を保っているのです。
    西洋の神様や悪魔と比べて、なんとけなげな姿でしょうか。一神教が教えるところの「絶対善・絶対悪」は、結局、その教義を信ずる信者たちが思い込みによる間違いをしでかすことを防げないのです。

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    今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。 また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。