韓国の中で最も厳重な警戒体制がとられているのは、敵対する北朝鮮との国境付近で間違いない。
にもかかわらずそこを北朝鮮の住民にやすやすと突破され、14時間以上も韓国側の地域を歩き回っていたことがわかっていま大騒ぎになっている。
朝鮮日報の記事(2020/11/05)
事前に兆候を把握し、監視・警戒態勢を強化したものの、民間人が鉄柵を乗り越えるのを阻止できなかったのだ。
作動しなかった韓国のハイテク鉄柵、北朝鮮の住民はひょいと越えてきた
ということで、ここからは万里の長城の話ですよ。(強引っ)
いつの時代のどこの政治家にとっても、国民の生命と財産を守ることは最も重要な仕事で、そのために敵の侵入を防いだり素早く察知しようと国境付近は特に厳重な監視・警戒態勢がとられていた。
これは世界の当たり前体操。
国の防御システムとしては、きっと世界でいちばん有名なのが中国の万里の長城。
この壁の長さは約9万キロkmで、青森県~山口県までの距離約1300kmのおよそ7倍になる。
*中国国家文物局は2012年に、万里の長城の総延長は2万1196.18キロに上ると発表した。条件によって壁の長さは違ってくるから、9万キロというのはひとつの目安と思ってほしい。
この空前絶後の長さから万里の長城は世界七不思議に選ばれたり、日本では「結局、どれだけ役に立ったの?」という素朴な疑問からピラミッド、戦艦大和と並ぶ「世界三大無用の長物」と言われることもある。
この壁の目的は中国を侵攻する北方の遊牧民を防御・迎撃するためで、匈奴などの異民族の南下を想定して紀元前214年に秦の始皇帝が建設を始めた。
その後もこの壁の修築や移転は何度もおこなわれ、いまの日本人がイメージする万里の長城が完成したのは明の時代になってから。
これ以上の情報はここでどうぞ。
長城は観念上においても両勢力の境界線として機能し、たとえば中原の諸王朝が北方遊牧民族を指す場合、「塞外」(塞は城塞の意味で、この場合万里の長城を指す)という言葉が用いられることも多かった。
韓国のハイテク鉄柵を突破した民間人もこれなら防げたかも。
「北方遊牧民の侵入は許さない!絶対にだ!」という目的は分かるとして、では具体的に、むかしの中国人は何を対象として万里の長城を築いたのか?
中国を旅行中、北京の日本語ガイドからそんな質問をされたことがある。
「相手は遊牧民だから、馬じゃないんですか?馬が乗り越えられない高さなら、中国国内に入ってこられないでしょうし」と答えると、「よくそう言われているのですけど、実は違うんです」とガイドが不敵に笑う。
では万里の長城は何を防ぐため?
「あれは羊を想定したものなんです。北方の遊牧民は食料として、たくさんの羊を連れて移動していました。それがなくなったら彼らは生きることができません。羊が越えられない高さであればよかったから、万里の長城にはかなり低い部分もあります」
なるほど。あれは羊対策だったのか。
いまネットで「万里の長城は羊が越えられない高さでOK説」を確認したところ、いくつかのサイトにそう書いてあったものの、辞書レベルでこの説を紹介するものはない。
でも前に見た日本のテレビ番組でも歴史家が同じ話をしていたから、これはまったくのデタラメではなくて、そういう見方もたしかにあるのだろう。
どちらにしても壁を築いて異民族から守るという発想は、海という巨大な堀に囲まれていた日本にはほとんどなかった発想だ。
おまけ
このほかにも万里の長城の一部(740㎞の北方区間)は、一般の人々の移動を監視するために建設されたという説もある。
ここを調査したイスラエルの考古学者らは、この付近の壁は比較的低く、道の近くに建設されていることから軍事的なものではない機能を持っていたと考えて、エルサレム・ヘブライ大学の考古学者はこう話す。
AFPの記事(2020年6月9日)
シェルラッフラビ氏は「どちらかといえば、おそらく税を課すために、人々と家畜の移動を監視するか阻止する目的があったと結論づけた」と話した。
万里の長城の北方区間、侵略防ぐ目的ではなかった 研究
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