日本女性にも人気:インドの都市ジャイプルがピンクの理由

 

インドにあるラジャスタン州の州都はジャイプルという。

この地図だと北海道の上にある都市。

 

 

首都デリーや、「世界で最も豪華なお墓」といわれるタージマハルのあるアグラにも近いから、インド旅行をする日本人はよくジャイプルを訪れる。
だからこれをいまお読みのあなたも、いつかここに呼ばれるかもしれない。
三島由紀夫が言うには、「インドには行くべき時期がある。その時期はインドが決める」 ということだから。

この地を支配していた王、サワーイー・ジャイ・シング2世によって建設されたこの都市は、彼の名にちなでジャイプルと名付けられた。
「プル(プール)」はサンスクリット語由来のヒンディー語で町や都市の意味だから、ジャイプルで「ジャイの町」になる。
「ライオン(シンハ)の都市(プール)」を意味するシンガポールの「ポール」と同じ言葉だ。

ジャイプルの観光地としての魅力は「ピンクシティ」というニックネームがあるように、多くの建物がピンク色に塗られていること。

 

 

 

中でも有名な建物がこの「ハワーマハル」で、ジャイプルに来る旅行者ならまず間違いなく足を運ぶところだ。

 

 

「マハル」はタージマハルと同じで「宮殿」の意味で、ハワーマハルで「風の宮殿」という異邦人の旅心をくすぐる絶妙なネーミングとなっている。

インドというと一般的には日本の女性からは恐れられる国だけど、ネットでジャイプルを検索すると「女子に人気!ピンク色の町が絶景、インドのジャイプールってどんな場所?」という記事が出てくるように、真っピンクのジャイプルはインスタ映えするし女子からの人気がきわめて高い。
インドでそんなところは珍しい。
でも全体をみれば、やっぱりインドは三島由紀夫のイメージだろう。

 

最近、ジャイプル出身のインド人カップルと話す機会があったから、これから彼らから聞いた話を書こうと思う。

1799年にできたこの建物は、宮殿にいた高貴な女性たちが市内の祭りなどを見るための場所で、一般人が身分の高い女性の顔を見ることができないように、こんな緻密で複雑な造りになったという。
結果、透かし彫りの窓を通って風が吹き抜けることから、風の宮殿と呼ばれるようになった。

 

ところで、なぜジャイプルはピンクシティになったのか?

1876年にヴィクトリア女王の息子、アルバート王子がジャイプルを訪れる直前、王子を歓迎するためこの地の王が建物をピンク色に塗ることを命じた。

イタリアのマルゲリータ王妃を歓迎するために、ナポリのピザ職人が「赤・白・緑」のイタリア国旗の色を表すピザを出したという話は前回書いたとおり。
これを王妃が気に入ったことから、そのピザは「マルゲリータ」と名付けられたわけだが、アルバート王子がピンク色に染められた建物を見てよろこんだかは不明。

でもこれがきっかけとなり、建物にピンク色を付けることがジャイプルの伝統となって「ピンク・シティー」と呼ばれるようになった。

ここまでは、ウィキペディアやジャイプルを紹介するサイトにも書いてある内容。
インド人カップルの話だと、もともとこの近くで赤色の砂岩が取れるから、ピンクに近い色の建物は王子が来る前からあって住民は親しみを感じていたらしい。
それが王子の訪問によって街中が「ピンク化」する。

いまでもジャイプルでは王宮の半径数キロ以内(3キロぐらいらしい)にある建物は、ピンク色に塗ることが法律できめられていて、そこに個人の選択はない。
「ジャイプルには塗るべき色がある。その色はジャイプルが決める」ということのようだ。

そのインド人カップルの実家はそこから離れたところにあるから、「家は絶対に白色がいい。中心部になくて本当によかった」と妻は言う。
伝統が義務になることは世界中にあるけど、景観を守るために家を真っピンクにするのなら、ボクなら引っ越したい。

 

ジャイプルは大都市でこんな近代的なビルもある。

 

 

 

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2 件のコメント

  • >1876年にヴィクトリア女王の息子、アルバート王子がジャイプルを訪れる直前、王子を歓迎するためこの地の王が建物をピンク色に塗ることを命じた。

    おそらくですが、「塗る」といっても現代のペンキのような塗料を施すという方法ではなくて、「赤っぽい粘土を左官的にくっつける」という感じだったのではないでしょうか? 赤色の粘土が産出する地域は世界にいくつもありますが、その多くでは、赤土粘土壁や日干しレンガ・焼きレンガの材料として、住居などの建物によく使われています。赤色は、酸化した鉄分(つまり「錆」と類似の成分)が土中に含まれることによる場合が多いです。
    東南アジアのコンクリート建物の壁は、今でも、柱と柱の間に赤色のレンガを積み上げて造る場合が多いです。米国だと、いっとき宮沢りえの写真集で有名になった「サン・タ・フェ」という観光都市が、その手の赤色粘土を使った伝統的住居で有名です。

  • さまざまなサイトに「塗る」と書いてありますが、その具体的内容までは分かりません。
    着色したかもしませんし、粘土を付けたかもしれません。
    でも、そうやって想像するのも歴史の楽しみと思いますよ。

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    今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。 また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。