【江戸時代の価値観】武士が恥を隠し、名誉を断固守った理由

 

12月9日は国連がさだめた「国際腐敗防止デー」(The International Day against Corruption)。

世界にはワイロなどを受け取る公務員や国際機関の職員がいるから、そうした汚職や腐敗行為の撲滅を目指して2003年にこの国際デーがつくられた。

ちょうどいま日本では法務大臣や農林水産大臣を経験した議員が、違法に現金を渡したり受け取ったりした疑惑が浮上して「政治とカネ」が大問題になっている。
「誠実に対応する」とか言ってた元農相は体調不良を訴えていまは入院中。

 

そんな人間に知ってほしい無名の日本人がいる。

幕末の1865年、シュリーマンというドイツ人が日本にやって来る。
入国の際、税関で荷物チェックを受けるのが面倒くさかったのだろう、シュリーマンは役人にワイロを渡して見逃してもらおうとしたけど、対応した武士(役人)は自分を指さし、「ニッポン・ムスコ」と言って受け取らない。
*ニッポン・ムスコは「日本男児」や「日本の男」といった意味だろう。

中国では通じたワイロが拒否されたことに驚いたシュリーマンは、名誉を重んじる武士の態度に感動する。

彼らに対する最大の侮辱は、たとえ感謝の気持ちからでも、現金を贈ることであり、また彼らのほうも、現金を受け取るくらいなら『切腹』を選ぶのである

「シュリーマン旅行記 清国・日本(講談社学術文庫)」

中国(清)ではこれが通じたから、シュリーマンはよけい印象深かったのかも。

 

でもいまでは入院を選ぶ日本人がいるらしい。
こんな名誉や侮辱の基準を現代に当てはめたら、一体どれだけの人が腹を切らないといけないのか。
といってもまぁ、江戸時代の武士がすべてこんな高潔な人間だったわけでもないのだけど。

ちなみにこのシュリーマンとは、ギリシア神話に出てくる伝説の都市トロイアを発掘した世界的な考古学者で、世界史ではこう習う人。

シュリーマン

ドイツの考古学者。クリミア戦争で財をなし、トロイア・ミケーネ遺跡の発掘に成功した。江戸時代末期の日本を訪れた旅行記でも知られる。

「世界史用語集 (山川出版)」

シュリーマン

 

「武士は食わねど高楊枝(ようじ)」という言葉があるように、江戸時代の武士は名誉をめちゃくちゃ大事に考えていて、その反対に恥をひどく嫌った。
食事が食べられないほど貧乏な武士でもそれを周囲に気づかれないように、食事を済ませたばかりのフリをしてゆうゆうと爪楊枝を歯に当てる様子を「武士は食わねど~」と言う。

余裕のある態度を見せて自分のメンツや誇りを保っているのだけど、真実がバレたときには恥辱から切腹するかも。
高楊枝とは、食後にゆったりと爪楊枝を使うことを表す。

似たような言葉に英語では「Eagles don’t catch flies」(ワシはハエを捕まえない)という表現があるらしい。
動物だってプライドは保ちたい。

 

江戸時代の支配者層にあった武士にとって、平民にみっともない姿を見せることはこの上ない恥辱。

町民が武士を侮辱した場合、武士にはその人間を切り殺す「切捨御免」の権利が認められていた。
たとえば町民から恥をかかされた尾張藩の家臣、朋飼佐平は体面を守るために、その町人の家を見つけて本人も女も子供も切り殺した。

おっと話がそれた。
とにかく武士ならお金がなくても、無理してでも食事を済ませたかのごとき様子を見せて、弱みを隠して気位の高さを維持しようとする。

でも、こういうやせ我慢は個人的な目的だけではないと思う。

江戸時代、特に武士階級では日本全体で名誉や誇りを尊重し、恥を嫌悪し避ける空気があった。
幕府の役人をしていて明治時代に教育者となった福沢 諭吉が「瘠我慢の説」(やせがまんのせつ)でこう書いている。

勿論、日本国中において封建の時代に幕府を中央に戴て三百藩を分つときは、各藩相互に自家の利害栄辱を重んじ一毫の微も他に譲らず

 

日本にあった三百の藩は名誉や恥辱を重く考えていて、それについては一切ゆずらなかった。

だから武士が平民から「みっともない」と思われることは個人を超えて、藩や主君に恥をかかかせることになってしまう。
江戸時代の武士なら、それは絶対に避けないといけないと思ったはず。
食事をしたフリをして町を歩く行為には、自分ではなく、藩や殿様の名誉を死守するという武士の忠義や心がまえがあったのでは?
自分を指さして「ニッポン・ムスコ」とワイロを拒否した武士も自分ではなく、きっと日本の名誉を守りたかったのだ。

 

 

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2 件のコメント

  • 忠臣蔵や幡随院長兵衛の話を7知っている人も少なくなったようで。後者の水野十郎左衛門は蟄居の後で市井が忘れかけた頃に切腹させられているけど。

  • このような江戸時代武士の「廉恥」の感覚・考え方は、どうやら、古代中国から日本へ伝わったものかもしれません。吉川英治「三国志」を読んでいると、そのような見解にしばしば言及されていることに気づきます。
    まあでも、隋唐時代以降の中国になるとそんな考え方は吹っ飛んでしまうようですが。

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    今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。 また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。