きょう11月27日は何の日か?
「ノーベル賞制定記念日」なのです。
1895年のこの日、スウェーデンの化学者ノーベルが、自らの発明したダイナマイトで得た富を人類に貢献した人に与えたいという遺言を書いた。
この遺書にもとづき、彼の死後ノーベル財団が設立された。
韓国は、生きていくのが大変な国のようだ。
韓国の自殺率は、先進国(OECD加盟国)のなかで一番高い。
韓国人は、競争が激しく生活が苦しい韓国を「ヘル(地獄の)コリア」と呼んでいる。
こんな韓国で、幸せな生活へ通じる確かな方法が名門大学に入ること。
どこの大学に入ったかで、つきあう人も収入も社会的地位も変わってくる。
違う人生になる。
これが大げさな表現かどうかは、韓国人に聞いてほしい。
きっと、「そうそう」とうなづいてくれるはず。
韓国で「人生が決まる」と言われる大学入試(修能)の日には、国中が「受験の日」なる。
試験会場に遅れそうになった受験生を、パトカーや白バイで会場に送り届けたりするのは、日本のテレビでもおなじみの光景になってきた。
この日は、「英語のリスニングの邪魔になってはいけないから」ということで、飛行機の離発着もとまってしまう。
韓国が国をあげて受験生をサポートする。
日本人のボクからしたら、「受験生のためとはいえ、そこまでするのはやり過ぎだろ」と思ってしまう。
けれど、「それは、韓国の学歴社会の厳しさを知らないからだ」と言われたら、反論できない。
確かにボクには、韓国社会で生きるプレッシャーを実感して理解することはできない。
今の韓国の受験制度のはじまりとして、よく「科挙」があげられる。
朝鮮時代での科挙は、いまの日本でいう国家公務員試験だ。
この試験に受かれば、明るい将来が約束されていた。
科挙がいまの受験文化につながると言う人もいる。
ちなみに、日本で科挙はまったく浸透しなかった。
江戸時代、日本の支配者階級にいたのはサムライだったけど、試験に受かってサムライになったわけではない。
韓国では、多くの高校生が激しい受験戦争を戦わなければいけない。
この大学受験の究極のゴールは、「SKY」と呼ばれる韓国の名門大学に入ること。
ソウル大学(言ってみれば東京大学)
高麗(コリョ)大学(同・早稲田大学)
延世(ヨンセ)大学(同・慶応義塾大学)
この3つの名門大学の頭文字をとって「SKY」になる。
ここに入れば雲の上の存在になれる。
とはいえもちろん、「一流大学に入れば絶対に幸せになる」というわけではない。
けれどそんなことは、日本でも数十年前からテレビや雑誌でずっと言われていること。
にもかかわらず、今の日本で一流大学をめざす人はとても多いし、名門大学に入った受験生の成功体験の映画や本は売れている。
このへんは、本音と建て前を使い分けている。
現実的な話、「うちの子とよその子は違う」ということなんだろう。
カンガルーの争いも激しい
厳しい受験戦争を勝ち抜くためには、それなりの受験勉強をしないといけない。
韓国人にとってはふつうの受験勉強であっても、外国人の目にはそれは「異常」に映る。
韓国に住んでいる日本人は、韓国のお受験事情の過酷さに目を丸くしている。
一般的な韓国の中高生は
毎日8時間目()まである授業をこなし、
夜の給食()を食べた後、
22時ぐらいまである「自律学習」と呼ばれる補講を受け、
その後学習塾に行って2時ごろまで勉強するんだとか・・・
日本人の視点から韓国の受験勉強について書いてあるものをネットで見てみると、その激しさに驚いているものばかり。
「韓国のお受験は、日本よりは甘い」なんて書いてあるものは、見つからなかった。
日本の受験勉強も、確かに大変だ。
だけど、韓国の受験勉強の厳しさにはかないそうにない。
韓国の受験事情を特集したテレビ番組を見たことがある。
深夜2時に、自習室でパンをかじりながら問題集に向かっている韓国の高校生には、鬼気迫るものがあった。
日本の高校生とは悲壮感が違う。
当然、韓国の高校生がかかえるストレスはすさまじいものがあり、受験の失敗による自殺は大きな社会問題になっている。
問題になってはいるけれど、受験制度が変わることはない。
人が死んでも、変えることができないという現実がある。
これが一番大きな問題なのかもしれない。
こんな韓国で、親の金と権力にものをいわせて不正に名門大学に入ったとなると、それがバレたときには大変なことが起こる。
今の韓国で、そんな事態が起きている。
自殺者を出すような厳しい受験戦争をズルい手段をつかって逃れて、一流大学に入学した女子大生がいて、それが発覚してしまった。
自業自得といえばそのとおりだけど、その女子大生は今、「国民の敵」という状態になっている。
そのことを次回に書きます。
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「Why did you come to Japan(You は何しに日本へ?)」は失礼な質問?
現役韓国の受験生です。一応、僕の日常を知らせます。
朝6時半くらいに起きて、学校にいきます。8時から授業なので、その前までは自習をします。5時までの授業が終わったら6時20分まで自習をします。
そのあとは待ちに待った夕飯給食です。
7時10分、夜間自律学習になります。
僕は学校で10位くらいなので、他の生徒より1時間半もっと強制せきに自習をします。11時半、一日が終わります。
助けて
韓国の高校生ですか?日本語がうますぎて、ビックリしました。
韓国の受験生は本当に大変だし、かわいそうだと思います。
毎日そんなに勉強をするのですね。
でもその努力はきっと報われますよ。
がんばってください。
ありがとうございます!
もうすぐ入試が始まりますね。
頑張ります!
「もうすぐ」って、修能のことかな?
なんとか頑張って!
修能まで100ぐらいですね。
修能のこともありますが、9月から大学の入試が始まります。
修能で大学に入学することと、高校生活3年の記録を通じて入学ことがあります。
僕の場合は9月から始まる後者ですね。
そうですか!
がんばってください。
でも、がんばりすぎて体調を壊さないように。
ところで、あなたは日本語がメチャクチャうまいですね。
なんでこんなに上手いのですか?
ありがとうございます!!
中学の時から独学したらいつの間にこうなっていました!
目標としている学科も日本語学科ですよ!
独学でこのレベルなら、本当にすごいです。
N1でも受かるんじゃないかな?
大学はSKYのどれかかな?
あと、「中学の時から独学したらいつの間にこうなっていました!」にしたら完璧ですよ。
ありがとうございます!僕はn2です! n1は勉強する暇がなかったので。。
そういえば、9月11日から大学の願書接受です!それで伝いたいことはあります。
韓国の大学の入試の方法は二つです。
수시(シュシ)と정시(ジョンシ)があります。前者は3年間の学校生活でいく方法です。後者は수능(シュヌン)を受けて一発で入学する方法です。수능(シュヌン)は問題ありませんが、수시(シュシ)は問題一杯です。自己紹介書を書くため、先生たちは成績がいい生徒のために手伝ってくれたり、証拠がないからって嘘を書きます。
こんなことが大学の入試だなんて信じられません。。
長くなりましたね。言いたいことは韓国の大学の入試は本当にいい生徒が判別できない制度だと言うことです。
(今 自己紹介書を書いています。たすけてください)
>証拠がないからって嘘を書きます。
>韓国の大学の入試は本当にいい生徒が判別できない制度だと言うことです。
本当?ひどいね。
日本の大学入試制度も問題はあるけど、韓国のほうがひどそうだね。
韓国は受験生もスポーツの韓国代表選手もプレッシャーが大変だと思う。
友人の韓国人も「韓国は競争が激しすぎます」と不満を言っていたけど。
>今 自己紹介書を書いています。たすけてください
もちろん。手伝えることがあったら、言って。
ここに書くとまずかったら、右の「お問い合わせ」から連絡して。
月曜日から願書が始まります。
自己紹介書はもう少しで終わります。
韓国について気になることがあったら言ってください!
今週終わったね。
自己紹介は終わった?
大学はSKYのどこか?
韓国のことについては、メールで質問させてもらいます。
ありがとう。
試験勉強、がんばって。
やっぱりSKYは無理ですね、ははは
でもいきたい学校に志願しました!
韓国外国語大学校と他にも行きたい学校の日本語学科に志願しました!!
もう残ったのは最後の試験ですね、頑張ります!!
ぜひぜひ、がんばってください。
試験はいつですか?
日本語がメチャクチャうまいですよ。
がんばって、日本と韓国の掛け橋になってください。
こんばんわ(≧▽≦)韓国の美容パックな大好きなさおりです!よろしくね(о´∀`о)
こんにちは。
これはシロバコ君へのメッセージということでいいですか?
韓国の競争社会は異常ですね。。
若者が不憫でならない。
今後いい方向に変わっていくことを祈ってます
その通りです。
日本は自殺者が多くて知られていますけど、韓国はもっと多いです。
社会構が変わるのはむずかしいですけど、住みやすい社会になるといいです。
ごめんなさいT.T
大学は無事に合格しました!
日本語を専攻しています!
来週、またスヌんで、検索してみたらこのページが見つかりました。
一年間忘れててごめんなさい。
こんにちは!
久しぶりですね。
日本語は大変ですか?
でも、韓国人なら学びやすいと思います。
今年の「4月14日(土) 16:52」にメールを送りました。
ヒマがあるときに、見て見てください。
韓国人は深く考えず、単調に努力を続ける。
その結果が、韓国のノーベル賞受賞者がたった1人しかいない。
朝鮮の昔の科挙制度のように「いい暮らしがしたい」という目的で勉強をし、社会の発展のために学問を勉強しようとしない。
やはりそういった「虚無」に囚われるべきではないと思う。