栃木県の那須温泉の近くに、地表からモクモクと火山性ガスが噴出していて、昔の人が「これは生き物を殺す石」だと信じた「殺生石(せっしょうせき)」がある。
松尾芭蕉が訪れたこともあるこの石は、現在では国指定名勝になっていて栃木の観光スポットでもある。
しめ縄で巻かれているのが殺生石
最近、この殺生石が真っ二つに割れているのが見つかって、ネットにはこんな不安の声が広がっているのだった。
・この傷の疼き・・・嫌な予感する
・これあかんやつや
・封印しすぎて耐えられなくて割れたのでは
・馬鹿な…
早過ぎる
・これからどうすんの?
セメントでくっつけるの?
・もうダメだ日本は終わり
九尾の狐の伝説が残る、殺生石にひとりでやってきました。
縄でぐるっと巻かれた真ん中の大きな岩がそれ…
のはずなのですが、なんと岩は真っ二つに割れて、縄も外れていました。
漫画だったらまさに封印が解かれて九尾の狐に取り憑かれるパターンで、見てはいけないものを見てしまった気がします。 pic.twitter.com/wwkb0lGOM9
— Lillian (@Lily0727K) March 5, 2022
実際には自然現象で割れただけなんだが、こんな不穏な声が噴き出したのは、この石に恐ろしい「九尾(きゅうび)の狐」の伝説があったから。
知人のトルコ人やバングラデシュ人も知っていた日本の妖怪、九尾の狐をご存じだろうか?
『山海経』の九尾の狐
九尾の狐はもともと中国の空想上の生き物で、紀元前に書かれた『山海経』ではこう表現されている。
「青丘山に獣がいる。狐のような姿かたちで、尻尾が9本ある。赤ん坊のような声で鳴き、人を喰らう。逆にこれを食べた人間は邪気を退けることができる。」
中国で陽数(奇数)の一番大きな数字の「九」には、皇帝や子孫繁栄の象徴といっためでたい意味がある。
「よく人を食う」なんて書かれちゃってるけど、九尾の狐は、すばらしい皇帝がこの世に登場すると、それを祝福するために現れるめでたい「瑞獣」でもある。
でも、絶世の美女で殷王朝の崩壊をもたらした、中国三大悪女の1人である「妲己(だっき)」の正体は九尾の狐だったという話がある。
この物語が有名になって、「恐ろしい化け物」というイメージが強くなっていく。
たぶんこの中国の話が元ネタになって、14世紀の室町時代のころ、日本で玉藻前(たまものまえ)という話がつくられた。
平安時代、18歳で宮中に仕えた玉藻前は見る者の目を奪う美しさから、鳥羽上皇(実在の人物)にとても愛されるようになる。
すると上皇は重い病気にかかってしまい、立つこともできなくなってしまう。
医師にもその原因が分からない。
となると呪術師である陰陽師の出番で、これを玉藻前のしわざと見抜いた安倍泰成が真言を唱えると、玉藻前は元の姿の九尾の狐となって宮中から逃げ出す。
その後、鳥羽上皇が陰陽師の五条悟、ではなくて安部泰成を軍師とする軍勢を派遣すると、九尾の狐を見つけて交戦となる。
しかし、この妖怪の攻撃力はすさまじかった。
妖術などによって多くの兵士を失って敗北するも、準備と態勢を整えて再び攻撃を開始し、最後は矢を放って刀で斬りつけてやっと九尾の狐の息の根を止めることができた。
このあと九尾の狐は近づく人間や動物を殺す毒石になり、村人はそれを「殺生石」と呼んだという。
*それが今回パかっと割れたから、封印が解かれて九尾の狐がよみがえった!とネットで話題に。
この玉藻前(=九尾の狐)の話は江戸時代に庶民の間で人気となって、日本で広く知られるようになる。
浮世絵に描かれた九尾の狐
正体がバレて逃げる玉藻前(九尾の狐)
「絶世の美女は、実は九つの尾のある狐だった」というキャラ設定がすでに出来上がっているから、アニメやマンガの素材としてはとても使いやすい。
そんなことで、
うしおととら、グランブルーファンタジー、ゲゲゲの鬼太郎、けものフレンズ、地獄先生ぬ~べ~、幽☆遊☆白書、妖怪ウォッチ、封神演義、どろろ、真・女神転生if…
といった本当にたくさんの作品に登場する。
まえに知人のトルコ人が、九尾の狐を知ってると言うから驚いた。
カッパや天狗といった有名な妖怪なら知ってる外国人はよくいるけど、日本人でも知らない人がいるようなこんなマイナー妖怪をよく知ってるなーと思ったら、『鬼灯の冷徹』を見てこれと妲己を知ったという。
ドイツ人の友人もアニメかゲームで九尾の狐を知ったと言う。
ということで、いま地球にいる人がこの妖怪を知るとしたら、日本人の創作物がきっかけというケースが多いと思われる。
東洋大学を設立した教育者の井上 円了(1858年 – 1919年)は妖怪にも詳しく、『妖怪学講義』という本を世に出して、「お化け博士」や「妖怪博士」とも呼ばれた。
井上は妖怪をいくつかの種類に分ける。
自然現象や人の恐怖心から生まれた妖怪もあるし、そうではなく、利欲を得るためといった動機からヒトが作った妖怪を「偽怪」とした。
九尾の狐もはじめは、自然や恐怖心などから生まれたのだと思う。
でもそれが、妲己や玉藻前(たまものまえ)の物語や観光スポットで使われて「偽怪」になって、いまでは外国人でも知ってるようなアニメやゲームの人気キャラとなった。
参考までに、『鬼灯の冷徹』ってこんなん。
コメントを残す